キャンペーンのご案内
  • 第1回:イギリス|PRECISION
  • 第2回:オーストラリア|OFFSITE
  • 第3回:フィンランド|WOOD
  • 第4回:カナダ|TALL
  • 第5回:スイス|MACHINE
  • 第6回:オーストリア|ENERGY
小見山 陽介

(こみやま ようすけ
/ Yosuke Komiyama)

 

< 略 歴 >

1982年群馬県生まれ。

2005年東京大学建築学科卒業。

ミュンヘン工科大学への留学を経て、2007年東京大学大学院建築学専攻修了。

2007年から2014年までロンドンの設計事務所Horden Cherry Lee Architects(HCLA)に勤務、CLTによる7階建て集合住宅の設計に携わる。

帰国後は、エムロード環境造形研究所にてCLT建築設計に取り組む傍ら、継続的に海外調査や講演活動を行う。

現在は京都大学大学院建築学専攻助教。

作品に「Kingsgate House」(HCLAにて担当、2014)、「榛名神社奉納額収蔵庫&ギャラリー」(エムロード環境造形研究所と協働、2017)、「松尾建設佐賀本店」(デザイン監修として松尾建設建築設計部と協働、2018)など。

著書に『CLTの12断面』(『新建築』誌上での連載をまとめたもの、2018)がある。専門は建築意匠設計、構法技術史。

第5回:スイス|MACHINE

軽い木材を重ね合わせた、樹木のような屋根

動物園のランドスケープに溶け込むように配置された自由曲面の屋根。

設計コンペを経て2014年に竣工したチューリッヒ動物園の象舎1は、象と来訪者の双方がゆったりと過ごせるよう、既存建物の6倍の大きさにもなる6800m²の空間を木質グリッドシェルによるドーム屋根で覆っている。

樹木が枝を張るように穴を穿たれたパネルは軽い木材とETFE膜からなり、平らなパネルを現場でドーム形状に合わせて曲げている。

室内側表面はスプルースによる3層3プライのCLTパネル、集成材によるボックスガーダーを挟んで、室外側は最終的にLVLの外装仕上げとなっている。

Elephant House Zoo Zurich(Markus Schietsch Architekten、2014)内観

筆者撮影

Elephant House Zoo Zurich 屋根の詳細

筆者撮影

Elephant House Zoo Zurich 外観

筆者撮影

軽量で加工性の高い木材とデジタルデザインの邂逅

サステイナブルデザインに向かって構造や材料への理解が建築デザインプロセスにおいて重要性を増している今、スイス連邦工科大学ローザンヌ校(EPFL)の木質構造研究室(IBOIS)は、様々な研究領域との協働で木質構造の可能性を押し広げている。

現在ドイツ・カイザースラウテルン工科大学でデジタル木質構造グループ(DTC、Digital Timber Construction)2を率いるChristopher Robeller3や、アメリカ・マサチューセッツ工科大学でデジタル構造グループ(Digital Structures)4に所属するPaul Mayencourtも、IBOISのOBたちである。

彼らはときに継手仕口などの伝統技術も参照しつつ、それらをLVLやCLTといった新しい木質材料と組み合わせ、コンピューテーショナルデザイン(計算機械)とデジタルファブリケーション(工作機械)という2つのマシンによって可能となった情報と実体を自由に行き来する設計プロセスによって、より軽量な構造と新しい建築空間の実現を目指している。

木質折板構造のための接合部の研究(Christopher Robeller、2015)

高度に加工された木材で部品点数を減らし、施工を効率化する

スイス北西部のビールで建設中のスウォッチ・オメガ新本社(坂茂建築設計、建設中)5は、木のシェルが覆う有機的な形が特徴的である。

グリッドシェルを構成する複雑に湾曲した木材は、CNC加工機で削り出された6

ここでは、木質構造エンジニアのHermann Blumer7との協働により、グリッドシェルの中をくり抜いて設備配管やファサードの取り付け材を埋め込むことで、ファサードの厚みを劇的に減らしている。

高度な構造解析技術と木材加工技術によって実現された薄いファサードは、あたかもスウォッチ自身が、プラスチックで一体成型されたケースの採用によって部品点数を劇的に減らし、薄くて軽い腕時計の新しいあり方を提示したことになぞらえることができるだろう。

サステイナブルな「完結した環」の創造

スウォッチ・オメガ新本社で木造施工を請け負うブルーマー・レーマン社は、これまでも坂茂建築設計と多くのプロジェクトで協働してきた。

ブルーマー・レーマンに加え、レーマン・ホルツヴェルク、レーマン・ペレッツ、レーマン・エネルギー、BLサイロバウによって構成されるレーマングループは、5世代にわたりレーマンファミリーによって経営されてきた。

それらはゴッサウの地で「エルレンホフ」と呼ばれる木質産業クラスターを構成している。

彼らの経営戦略は、森から建築への垂直統合型戦略によりサステイナブルな「完結した環」をつくることだ(「our aim is to close the circle」)8

スウォッチ・オメガ新本社のような特殊な形態を有した木造建築を担当する部門「フリー・フォーム」だけでなく、レーマングループは「モジュラー・コンストラクション」部門も備える。

2010年に共同開発した幼稚園モジュールから始まり、現在では学校、オフィス、集合住宅などへも採用の幅が広がっているという。

木質部材と断熱材等を組み合わせて高機能パネルを製造し、それを組み立て工場のラインでユニット化している。

Blumer Lehmann Modular Constructionの組み立て工場

筆者撮影

Blumer Lehmann Modular Constructionで製造するユニット

筆者撮影

Blumer Lehmann Modular Constructionによる幼稚園の実例

筆者撮影

国境を超えた連携 どのような規模で「環」を完結させるか

イタリア北部の都市トレントに実験施設を持つイタリア国立研究院樹木・木材研究所(IVALSA)は、2007年に日本の防災科学技術研究所兵庫耐震工学研究センター(E—ディフェンス)と共同でCLTによる7階建木造建築物の震動台実験を行ったことでも知られる。

CLTによる7階建木造建築物の震動台実験(IVALSA、2007)

このトレント自治県と北で隣接しているのがボルツァーノ自治県(南チロル)であり、イタリアでありながらドイツ語話者が住民の半数以上を占める地域だ。

ドイツ・オーストリア・イタリア・スイスが国境を接するこの周辺では、オーストリアから生まれたCLT等の新しい木質技術がいち早く伝わり、木材加工所や接合金物会社などの関連産業が集積してきたのだという。

ここでは、木材産業の川上から川下までの「環」が、国境をまたいだ文化圏のサイズで構成されていると言えるのではないだろうか。

次回はオーストリアへ向かい、世界に広がった新しい木質構造の源流をたどる。