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  • 第1回:木構造デザインの背景
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  • 第5回:丸太材の可能性
  • 第6回:プレストレスト木構造の可能性
山田 憲明

(やまだ のりあき
/ Noriaki Yamada)

1973年
東京都生まれ
1997年
京都大学 工学部建築学科卒業
1997年
増田建築構造事務所
2012年
2012年
山田憲明構造設計事務所を設立
2013年
早稲田大学大学院 非常勤講師


■主な受賞

2005年
第1回ものづくり日本大賞 ※共同受賞
伝統構法による大規模木造天守の復元技術

第7回国土技術開発賞最優秀賞 ※共同受賞
伝統構法による大規模木造天守の復元技術


2011年
第22回JSCA賞作品賞
国際教養大学図書館棟の構造設計


2012年
第7回日本構造デザイン賞
東北大学大学院環境科学研究科エコラボの構造設計


2019年
第14回木の建築賞 木の建築大賞 ※共同受賞
南小国町役場


2020年
第15回木の建築賞 木の建築大賞 ※共同受賞
茂木町まちなか交流館 ふみの森もてぎ

第23回木材活用コンクール 農林水産大臣賞(最優秀賞)※共同受賞
昭和電工(大分県立)武道スポーツセンター

第23回木材活用コンクール 国土交通大臣賞(最優秀賞)※共同受賞
住友林業筑波研究所新研究棟



■主な著書(いずれも共著)

『構造ディテール図集』(オーム社 、2016年、共著)

『ヤマダの木構造』(エクスナレッジ 、2017年、単著)

『構造設計を仕事にする』(学芸出版社、 2019年、共著)

『ひとりで学べる中層木造建築(ラーメン構造等)の構造設計演習帳』(日本建築センター 2020年、共著)

第1回:木構造デザインの背景

1.現代の木構造を取り巻く状況

日本の木構造は古来、仏教建築をはじめとして時に海外の木造建築の思想と技術を融和しながらも、独自のものを醸成していった。近代においても、明治時代に西洋の技師からトラス構造が伝えられ、日本の建築構造学者による理論的研究や大工の実践的改良の積み重ねを経て、優れた洋小屋組が生み出されるに至った。

戦中戦後には、鉄・セメント等の建築資材不足から大規模施設が木造で建設され、大規模木構造の技術が進んだが、1950年代に入ると戦後の森林資源枯渇解消や防災を目的に行われた国策により、1980年頃まで大規模木造が建築されない時代が続くとともに、国内の木材消費が外国産材にシフトした。この時代に木構造の技術や木材の生産システムの多くが失われたといわれている。1980年代後半になると、国内林業と木造建築の衰退が顕在化し、全国的な木造復権運動が起こった。外国産材の輸入促進の後押しなどがあるものの建築基準法の改正も行われた。これらの動きによって大量の大規模木造建築がつくられ始めただけでなく、木質材料や木構造の研究開発が進み、木造の可能性が爆発的に広がった。2010年には森林保護と林業の再興を目的として、「公共建築物等における木材の利用の促進に関する法律」ができ、公共建築物だけでなく民間建築物をもなるべく木造でつくろうという機運が高まってきている。都市部での木造化や木質化を目指して構造・防耐火・遮音・保存処理等を中心に技術開発が進められ、法令も整備されつつあるなど、日本は今かつてないほど木造建築が注目されている。

その一方で、現代は林業を生業とすることが難しい時代といわれる。林業が盛んだった時代に比べて製材歩留まりと価値歩留まりが悪くなったことで、立木や原木の価格が著しく落ちたためである。50年もの間、製材品の価格変動がほとんどないにも関わらず、ピーク時からの価格下落率が丸太は約3割、立木に至っては約1割という恐るべき数字となっているという。その背景として戦争、外交、森林状況、需要の変化などが複雑に絡み合っており、原因を一元化するのは困難だが、歩留まり低下と直接的な因果関係があるのは「木取り」であると考えられる。木取りとは、一本の原木から製材品を効率良く採材するために、鋸を入れる位置や順序を決める作業である。この木取りの良し悪しによって製材品の質と量が決まり、その結果として歩留まりが決まる。現代では、価値の高い製材品の需要が著しく低下し、かつて行われていた緻密な木取りがされなくなってしまった。

このような状況を打開するためには、木材需要を直接的に生み出す立場にいる設計者の意識と活動が重要である。特に、木構造には他の構造にない多様性と地域性があり、これらを踏まえた構想と実践が、各プロジェクトにおける問題解決と新たな可能性を生む。

2.木構造の多様性

全ての構造物は、何らかの「素材」が、何らかの方法で「接合」され、特定の「かたち」を取ることで成立している。したがって、構造計画とは、性能・コスト・つくりやすさ・使いやすさ・美しさ等について考えながら、構造物の「素材」「接合」「かたち」の特性を踏まえて親和性を有するように、それぞれを統合的に決定していく行為だと見ることができる【図1】。

例えば、一般的な鋼構造の構造計画では、つくるべき空間の形状や規模要件に合わせて部材を配置し、応力・変形のコントロールと運搬・組立・建方を鑑みて接合部の仕様(剛、ピン)と配置を想定し、持たせるべき強度と剛性を持つ規格鋼材を選ぶといった流れで行われる。現場打ちによる一般的な鉄筋コンクリート構造の構造計画では、現場で鉄筋と型枠を組み立て、生コン打設により一体となることから、接合部は基本的に剛と考え、構造計画では部材の配置と断面サイズを想定し、接合部では配筋おさまりの検討を行う。

【図1】構造物の構成イメージ

木構造では、構造計画のアプローチが全く異なる。その理由のひとつは、素材と接合の種類が他の構造に比べて圧倒的に多いからである。つまり、それぞれの素材と接合の特性を知り、それらとかたちをどのように組み合わせるべきかを考えるところから構造計画を始めることになる。

素材は、国産の樹種だけでもスギ・ヒノキ・アカマツ・カラマツ・ヒバといった針葉樹、ケヤキ・クリといった広葉樹等、様々なものがある。この原木を、皮矧ぎ・製材・かつらむき・乾燥・プレス・接着といった加工を施すことで、丸太・製材・集成材・合板・LVL・CLT・OSBなどの多様な素材が製造される【写真1】。

【写真1】木構造の多様な素材(左上から右下へ、丸太、製材、集成材、構造用合板、LVL、CLT)

接合も「縛る」「締める」「埋める」などの原始的な方法、木材を工具や機械で切削加工して嵌め合せる「嵌合」接合、接合具(釘、ねじ、ボルト、木ダボ等)や金物を使った接合、接着剤を用いた接着接合、プレストレスを用いた圧着接合と多様な方法がある。様々な時代背景(社会的要求、技術、宗教、森林状況、生産システム、法令等)のもとに千差万別の構造でつくられた古今東西の木造建築を見れば明らかなように、素材と接合が多様であれば、それらとかたちを組み合わせることによって、無限の種類の木構造が考えられる。

【写真2】木構造の多様な接合(左から、縛る、嵌合、プレストレスによる圧着)

木は自然素材であるがゆえに、個体間の性質のばらつきが大きい、水分を多く含むため乾燥収縮量が大きい、得られる材の太さと長さ限られるといった構造材料としての短所を持つ一方で、軽いが故に運搬がしやすい、適度な軟らかさを持つが故に加工しやすいといった長所を持つ。このような長短所を持つ木を人間のコントロール下に置いて大きな構造物をつくるには、様々な苦慮と創意工夫が必要であったであろう。古代から現代に至るまでの絶え間ない努力によって、このような素材と接合に関しての多様性が生み出されてきたのである。

3.木構造の地域性

木構造の構造計画を特徴づけているもうひとつの理由として、木材と加工技術に地域性があることが挙げられる。木材の地域性とは、調達しやすい木材の種類・サイズ・量が地域によって大きく異なることである。なぜなら、各流域で森林を構成している立木の樹種・径・密度の違い、山の傾斜や林道の整備状況による立木を伐採して原木丸太にするまでの素材生産のプロセスの違い、製材工場の製材・乾燥の方法による生産可能なサイズと量の違い、同様に集成材・CLT・LVL工場等の有無や設備による生産可能なサイズと量の違い、といった木材生産環境に大きな地域性があるからである。例えば、日本で最も生産量の多い製材はスギであり、本州であれば概ねどこでも調達しやすいが、北海道では南部の一部を除いてスギ製材の生産や流通がなく、調達が困難である等の違いがある。

加工技術の地域性とは、木材の切削加工の方法が地域によって大きく異なることである。木材の切削加工は、大工が工具で行う手加工と、機械によるプレカット加工に大別できる。現代ではプレカット加工機は多様なものがあり、在来軸組工法や金物工法用の一般プレカット機と、大断面集成材やCLT用の特殊プレカット機が主なもので、接合部加工のスピードと自由度と加工可能な木材サイズに大きな違いがある。加工工場の有無や大工の数には大きな地域差があり、概して高度な技能を持つ大工が大勢存在している地域では、特殊プレカット加工工場はない。当然、手加工、一般プレカット、特殊プレカットでは加工可能な接合部形状や組立方法、経年変化への考え方が大きく異なる。

このような地域性は、鋼構造や鉄筋コンクリート構造ではほとんどみられない。全国どこでも、鋼材・鉄筋・生コンクリートは入手でき、加工・組立の技術もほぼ変わらないため、海岸付近での防錆や寒冷地でのコンクリート打設等を除いては、設計で建設地の地域性を盛り込まなければならない場面は少ない。ところが木構造では、木材調達や木構造工事に係るコストアップや工程遅延といったトラブルのリスクを抑え、構造デザインの可能性を広げるには、これらの木材と加工技術についての地域性を踏まえた設計が不可欠である。

地域の生産環境についての情報を効率よく集約するには、設計初期段階での生産環境の調査、特に森林施業する森林組合や木材を製造する木材組合といった川上・川中の人達との対話が有用である【写真3】。このような対話の場を円滑に進めるのに重要なのが、木材コーディネーターである。木材コーディネーターとは、川上から川下までのあらゆる仕事やプレイヤーに熟知し、それらを繋ぐ専門家である。使用木材の調達先とスケジュール、仕様とサイズ、品質管理方法の決定に重要な役割を果たす。現状では数は少ないが、議論の場にそれぞれの立場を知る木材コーディネーターが入ることでまとまりやすくなる。

【写真3】発注者・木材生産者・設計者・木材コーディネーターが一堂に会した木材ワークショップ

4.木構造のネットワーク

これまでみてきたように、木構造には特に多様性と地域性があるため、構造計画や設計が複雑に感じられることだろう。これらに加えて、木材乾燥・防耐火・保存処理等、更に専門的な内容にも対応していかなければならないが、膨大な数の複雑かつ専門的な問題に対して一人の構造設計者がプロジェクトの中で適切なタイミングで判断していくのは難しいことである。

それを助けてくれるのが専門家の存在である。世の中には各専門に通じた専門家がおり、彼らから支援を受け、必要な知見を得ることでプロジェクトを円滑に進めやすくなる。時には木構造に通じた構造設計者が他の構造設計者を支援することも行われている。

このように専門家から支援を受ける、あるいは木材や加工技術の地域特性を把握しようとする際に、初めて取り組む構造設計者はどこからアプローチしてよいかわからないことであろう。そこで重要になるのが木材生産者、専門家、ファブリケーター、木材コーディネーター等とのネットワークである【図2】。木造業界は狭く、ネットワーク内の誰かにアプローチできれば、様々なプレイヤーに繋がっていく。馴染のない地域でプロジェクトを進めるのであれば、まず、各都道府県にある林業研究所等にアプローチしていくとうまくいく場合が多い。林業研究所の研究者は自身の専門分野だけでなく、地域の木材生産者やファブリケーターとも交流があるからである。

【図2】木構造に関するネットワーク

5.各回の連載テーマ

本連載では、上述の現代の木構造を取り巻く状況、木構造の多様性と地域性、木構造のネットワークを背景として、次回から筆者が取り組んできた木構造のプロジェクトを紹介させていただく。各回のテーマは、グローバルなものからローカルなものまで、現代の問題に対しての各プロジェクトにおける試みが浮き彫りになるよう、素材と構造技術を軸として次のようにまとめた。本連載が、構造設計者が木構造に興味を持つささやかなきっかけになれば幸いである。

第2回:一般製材の可能性

第3回:大径製材の可能性

第4回:極小製材の可能性

第5回:丸太材の可能性

第6回:プレストレスト木構造の可能性

参考文献

日本建築学会 建築雑誌1736号(202004)特集「山を考える建築・森と街をつなぎ直す」
日本建築学会 建築討論Medium『建築雑誌』を読む 04
神籬第62号 JAS製材の可能性と木造建築のこれから
日本建築士会連合会会誌 建築士2019年7月号特集 無垢製材を使う中大規模の建築
建築技術2016年3月号 特集 スラスラできる中大規模木造建築物の構造設計
日本建築学会論文報告集第63号 1959年10月 幕末・明治初期洋風建築の小屋組とその発達 村松貞次郎