
小見山 陽介
(こみやま ようすけ
/ Yosuke Komiyama)
< 略 歴 >
1982年群馬県生まれ。
2005年東京大学建築学科卒業。
ミュンヘン工科大学への留学を経て、2007年東京大学大学院建築学専攻修了。
2007年から2014年までロンドンの設計事務所Horden Cherry Lee Architects(HCLA)に勤務、CLTによる7階建て集合住宅の設計に携わる。
帰国後は、エムロード環境造形研究所にてCLT建築設計に取り組む傍ら、継続的に海外調査や講演活動を行う。
現在は京都大学大学院建築学専攻助教。
作品に「Kingsgate House」(HCLAにて担当、2014)、「榛名神社奉納額収蔵庫&ギャラリー」(エムロード環境造形研究所と協働、2017)、「松尾建設佐賀本店」(デザイン監修として松尾建設建築設計部と協働、2018)など。
著書に『CLTの12断面』(『新建築』誌上での連載をまとめたもの、2018)がある。専門は建築意匠設計、構法技術史。
第3回:フィンランド|WOOD
フィンランドの森と都市
フィンランドの森はおよそ6割が個人所有であり、木材をどこに卸すかは個人が選ぶことができる。
森を所有しながら都市に居住する人々は、元々の森林経営者の孫世代ともなると森への帰属意識も薄れ、複数のオーナーで共同所有された森林も最近は増えているという。
政府は地域経済とも結びついたバイオエコノミー(再生可能な生物資源による経済活動)を重要視しており、物流も含めた複合機能を各地に設置する計画が進められている、とフィンランド環境省のMatti Kuittinen氏は語る。
フィンランド国内における木質材料3大メーカーはUPM、Stora Enso、Metsäであるが、安定して収益性の高いパルプ・紙・バイオマスエネルギーに対し、建材は比較的需要の不安定な分野であるという。
Stora Ensoは「Rethink」を企業理念とし1、サステイナブルな都市開発への貢献を掲げている。
ヘルシンキ郊外のHASO & HEKA Eskolantie Apartment Blocks(Arkkitehtitoimisto Matti Iiramo, 2015)2は、開発会社SRVとStora Ensoがヘルシンキ市主催の木造集合住宅設計施工コンペを経て建設したもの。
構造体はStora Enso製のCLT、外装は塗装された木材が使用されている。
HASO & HEKA Eskolantie(Matti Iiramo Architects、2013)
筆者撮影
HASO & HEKA Eskolantie バルコニーが日射遮蔽とプライバシーを確保
筆者撮影
同じSRVとStora Ensoによってヘルシンキ市内に建設中のWood Cityでも、やはりマスティンバー(LVL)による建設が標榜されている3。
Wood City(Anttinen Oiva Arkkitehdit、建設中)
筆者撮影
Wood City 2019年の竣工に向けて、まずは住居棟の建設が進む
筆者撮影
Metsäによる「Open Source Wood」プロジェクト4は、断片化した木材・木質構造に関する知識を共有し世界規模で木造化を推し進めるための情報プラットフォームである。
イギリスからはZaha Hadid Architectsも参加しており、共有されたアイデアを用いて多層階の集合住宅を試設計する予定だ。
2018年4月にはヘルシンキにマサチューセッツ工科大学の教員・学生を招き、アアルト大学と協働でハッカソンも行われた。
しかし、実際にはこうした素材メーカーだけでなく、フィンランドでは中規模の施工会社や開発会社が木造を積極的に進める原動力となっているという。
中でもReponen5とLakea6は、モジュラー工法とCLTに着目し木造建築の事例を増やしている。
中大規模木造建築普及のためには、施主つまり需要側の意思だけではなく、施工会社や開発会社がスキルと自信を持つことも大事である、とKuittinen氏は語る。
Lakeaはオストロボスニア(別名ポフヤンマー州)の地方自治体が出資元となってつくられた会社であり、地方の行政が木造住宅開発を積極的に進めている例とも言えるだろう。
新しい木質技術と、地域性・伝統
そのLakeaによってユヴァスキュラに建てられたPuukuokka Housing Block(OOPEAA, 2015, 2017)7はAnssi Lassila率いるOOPEAAの設計である。
Stora Enso製のCLTプレファブモジュールを積み重ねたものだが、折れ曲がる屋根や立面、バルコニーの凹凸により、モジュールの単調さは巧みに隠されている。
道路側外装は黒塗装されたスプルース、中庭側は無塗装のラーチ。
現在は同敷地内に3棟目を建設中だ。
Stora Ensoによるモジュラー建築・システム工法のガイドライン8策定と並行して進められたこのプロジェクトでは、新しい木質構造による新しい建築言語をつくりだすことが試みられ、建築がシステムによって限定されてしまわないよう注意したと設計者のLassila氏は振り返る。
モジュールをベースにしつつも、繰り返しによる効率性と建築デザインのバランスが取れたハイブリッドと言えるだろう。
Puukuokka(OOPEAA、2015、2017)
筆者撮影
Puukuokka 中庭側の立面
筆者撮影
Puukuokka プレファブリケーションされたバルコニーの取り付け
筆者撮影
Puukuokka 道路側の立面
筆者撮影
OOPEAAでは社内にチームを立ち上げ、サステイナブルな木造建築についてリサーチも行っている。
その成果の一つが、北欧諸国の大学・設計事務所のコラボレーション組織Nordic BuiltによるSTED(Sustainable Transformation and Environmental Design)の活動だ。
ことばの上だけではなく実質的な建築物の環境的フットプリントを知るため、OOPEAAは建築がライフサイクルで地球環境に与える負荷の評価ツールを作成している。
同じくOOPEAA設計によるLonna Sauna(OOPEAA, 2016)9では、ヘルシンキ市内からボートで10分、旧軍事施設だった孤島がレストランなどの休暇施設に転用され、サウナが新築されている。
伝統的な手法でログを積んでつくられた無塗装で荒削りな木の塊に、海上の群島を眺められるドーマー窓と縁側が設けられている。
紙製品の需要減など社会状況の変化が木造建築を後押ししている部分もあるが、建築家としては政治的・経済的状況に左右されず気持ちの良い木造空間をつくり続けていきたいとLassila氏は語る。
Lonna Sauna(OOPEAA, 2016)
筆者撮影
Lonna Sauna サウナからテラスを介して海辺へとつながる
筆者撮影
Lonna Sauna 手加工による木のログで構築
筆者撮影
Lonna Sauna 木材の様々な表情を感じられる内部空間
筆者撮影
同じく公衆サウナであるLöyly Sauna(Avanto Architects、2016)10は、住宅地としての再開発に先立ち、工業地帯だった港湾地区に人を誘引するために計画された。
サウナはもともと住宅に風呂がなかった時代に体を清潔に保つために公共の場に設けられたが、個人宅に風呂が整備されると公衆サウナは姿を消していった。
現代にリバイバルされたサウナは社交の場であり、ここLöylyでは水着を着て男女混合で楽しむ余暇の場である。
海岸の岩場のような建築の表面に多くの人が集う。
内装材はバーチで、合板用にかつらむきされた後の芯(通常は焼却される)を再利用した集成材である。
外装材はパインで、FSC認証取得のため、フィンランドではなくロシアの木材が使用された。
構造的には木・鉄・コンクリートによるハイブリッドな構成で、材料は適材適所に使われている。
彼ら現代の若い建築家世代には、自分の手でつくることを重視するプラグマティックな大学教育が強く影響している、と設計者のVille Hara氏とAnu Puustinen氏は語る。
また、建設材料の製造時消費エネルギーを計算し提出する義務があることや、採用された構造材料によって運用時の消費エネルギー許容値が異なることも、建築の物性について深く考えるきっかけのひとつとなっているようだ。
Löyly Sauna(Avanto Architects、2016)
筆者撮影
Löyly Sauna 海岸の岩場のような建築の表面に多くの人が集う
筆者撮影
Löyly Sauna 木製ルーバーに囲まれた涼むための半屋外空間
筆者撮影
Löyly Sauna 外装材の取り付けディテール
筆者撮影
建築材料のサステイナブルな配合を目指して
再びKuittinen氏へのインタビューに戻る。フィンランドでは近代以降、小規模建築には木材、大規模建築にはコンクリートが使い分けられてきた。
その構図は第二次世界大戦後の復興期に固定化され、木造は長らく標準化を進められなかったこともあり、経済的な方法で大規模建築に対応したのはここ10年ほどのことであるという。
フィンランドでは主として3つの省庁が木造に関係している。
環境省は建築基準法と自然保全及びサステイナビリティを担い、農水省は森林とバイオマス、雇用省はビジネスとサステイナビリティを担当している。
3者の間でバランスが図られているが、目下の最重要課題として優先されているのは気候変動対策だ。
一方、他の産業界からはそうした木造偏重の政府方針への懐疑・反発もあるという。
建設分野からは、政府は建設時のカーボンフットプリントを過度に重視して不公平な支援をしているのではないか、建物の耐用年数も考慮するべきとの声も上がる。
木のサステイナビリティ性への脚光が刺激となり、鉄やコンクリートにおいてもサステイナビリティ性向上へ意識が向いてきたことも事実だろう。
また環境分野からは、木材使用量が急増すると森林経営へのダメージや生物多様性の破壊が起こるのではとの懸念もあるという。
国が進めている木造振興政策が仮にすべて実現すると、大気中の二酸化炭素を吸収するカーボンシンクとしての森林面積が理論上足りなくなるとの主張である。
そのためノルディックカントリー、すなわち、アイスランド、フィンランド、ノルウェー、スウェーデン、フェロー諸島、グリーンランドといった文化的・気候的に近い国々で、政策の調和と連携が進められている。
材料の由来を問われるのは木造ならではの特徴である。
木造建築のサステイナビリティは持続可能な森林資源があってこそなのであれば、CLTによる工法は大量の木を使うため、他の木質工法より資源バランスからの影響を受けやすいと言えるかもしれない。
一方、基礎はコンクリートで接合部は鉄というように、現代の木造建築は多かれ少なかれすべてハイブリッドな側面を持っており、木質材料自体も本来使い分けられるべきものである。
「これからは建築材料のサステイナブルな「シェア」(配合)が議論されるべきだろう」とKuittinen氏は語った。
次回はカナダに舞台を移し、19世紀と現在とをつなぐ高層木造建築と木造技術の変遷を訪ねる。