第6回 免震の未来
はじめに
今回で最後となりました。
第6回までお付き合いいただきありがとうございます。
最終回は、免震の未来というテーマでお話したいと思います。
免震を専門とする筆者にとって、もちろん、免震の未来は明るくあってほしいと願っています。
免震が成熟した構造技術として社会に認知され、普及することは望ましいことです。
しかし、免震にはもう未解決な技術的課題がないとすれば、筆者は他の仕事を探さなければなりません。
幸いなことに、まだ解決すべき課題は残っていると思います。
沢山残っていると言ってしまうと、今まで何をしていたんだ?
とお叱りを受けそうなので、そうは言いませんが。
読者の方々には、免震について筆者と同じ問題意識を持っていただきたいと思い、免震にとって気になることを幾つかお話します。
日本は免震大国
日本の免震の建築棟数は、【図6.1】のように1995年兵庫県南部地震以降に急増し、免震戸建住宅を除いても2,000棟を超えています。
さらに、免震戸建住宅を入れると2倍以上となります。
この建築棟数は世界第1位です。
第2位はロシアで約500棟、第3位が中国で約450棟、第4位がアメリカで約100棟と続きます。
日本は2位以下を4倍以上も引き離し、ダントツで世界第1位の建築棟数を誇る免震大国なのです。
この事実だけで、免震の未来は明るいと言えるかもしれません。
とにかく、すごい建築棟数です。
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【図6.1 日本の免震建築棟数の推移(戸建住宅を除く)】
(データ提供:日本免震構造協会)
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日本における免震建築の用途種別を見ると、地震後の防災拠点となる建築(庁舎、消防署、警察署、病院など)への適用が増えています。
例えば、病院は1995年兵庫県南部地震以降、20~30棟/年くらいの建築棟数で増加しています。
また、官庁の建物も新築・既存ともに免震の適用が増えているようです。
官/民の比で見ますと、ここ10年では約9割が官庁の建物となります。
どのような建物だって地震のときに壊れては困りますが、地震で壊れて最も困る建物と言えば何を想像するでしょうか。
原子力発電所は、確実にその一つに挙げられるでしょう。
免震を採用した原子力発電所は、海外にはありますが、日本にはまだありません。
これは技術者が怠けていた訳ではなく、原子力発電所に関する指針「発電用原子炉施設に関する耐震設計審査指針」が、建物・構造物は剛構造をすると規定していたためです。
しかし、この規定が2006年に廃止されたことで、原子力発電所にも免震の導入が可能となりました。
経済産業省は、次世代軽水炉には免震の適用を視野に入れています。
筆者も原子力発電施設への免震の適用を大いに推進すべきと考えます。
2007年7月16日に発生した新潟県中越沖地震では、柏崎刈羽原子力発電所において設計時の加速度応答値を上回る加速度が記録されました。
しかし、主要構造物における構造的被害はほとんど見られませんでした。
これは、設計用地震力にかなりの余裕が見込まれていたことが要因のようです。
一方で、機器系には損傷が生じました。
損傷は軽微でしたが、未だに全復旧しておりません。
これは、建物の機能喪失が大きな経済損失となることを示す顕著な被害事例と言えます。
また、この地震では自動車部品メーカーの生産施設が被災したために、生産ラインを一時停止しなければならない事態に追い込まれた自動車会社がありました。
この地震を契機に、事業継続計画(Business Continuity Plan)の重要性が大きくクローズアップされました。
地震後の建物の機能維持に対しては、建物内の応答加速度を低減することが効果的であり、これを実現できる技術は免震・制震といった振動制御技術しかありません。
特に、免震では応答加速度を基礎固定の建物の1/5にまで低減することが可能であり、圧倒的な加速度低減効果を期待できます。
第4回で免震の弱点についてお話した際に、免震効果に期待して過度に建物の耐力を削ると、基礎固定より危なくなると申し上げました。
新潟県中越沖地震の被害で学んだ教訓から判断すると、免震を採用することによる利点は、建物への地震力低減から得られる構造部材の経済設計ではなく、加速度低減による建物の機能維持にあると言えるでしょう。
まだわからないこと
一昨年、積層ゴムにとっては意外な事実が判明しました。
積層ゴムを2方向に加力すると、積層ゴム内部にはねじれ変形が生じて1方向加力時よりも低いせん断ひずみで破断してしまうことがわかりました参考文献6.1)。
同じ条件で再実験しても同様の結果となったために注意深く要因を調べてみたら、積層ゴム表面にねじれ変形が確認できたそうです。
2方向加力でねじれ変形が生じるメカニズムは、その説明を聞けば難解なことではありません。
簡単に理解できることなのに、どうして今まで誰もそのことに気がつかなかったのか不思議でなりません。
これは積層ゴムに対する盲点でした。
現在、日本免震構造協会ではこの問題に関する技術的検討を行っており、まもなく検討結果が公表されます。
以上に説明した2方向加力の問題は、【写真6.1】に示すカリフォルニア大学サンディエゴ校で実施した実大の高減衰積層ゴムの2方向加力試験で明らかになりました。
残念ながら、現在のところ、実際の地震動を模擬して、実大積層ゴムを動的に2方向加力できる試験装置は日本国内にはありません。
次世代軽水炉への免震の適用が検討されている状況において、近い将来日本にもカリフォルニア大学サンディエゴ校と同様の、あるいはそれ以上の載荷能力を有する試験装置が建設されることと思います。
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【写真6.1 2方向加力装置】
(カリフォルニア大学サンディエゴ校)
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竹中工務店の山本雅史博士は、積層ゴムの2方向加力時の復元力特性を評価できる力学モデル(山本モデル)を新たに開発しました参考文献6.2)。
例えば、【図6.2】のような楕円型の変形を高減衰積層ゴムに与えると、【図6.3】のような荷重変形関係が得られます。
Y方向(楕円加力短軸方向)において、荷重切片が長軸方向より大きくなる特異な履歴ループ形状がみられました。
山本モデルによれば、この現象を【図6.4】のように追跡することが可能です。
長周期地震動に対する安全性、原子力発電所への免震の適用など、免震は一層厳しい状況下での性能発揮が要求されます。
2方向加力もその1つであり、山本モデルの今後の展開が期待されます。
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【図6.2 2方向加力試験方法】
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【図6.3 2方向加力試験結果】
(試験データ提供:ブリヂストン)
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【図6.4 山本モデルによる解析結果】
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日本建築学会免震構造設計指針の改訂に向けて
日本建築学会では、昨年、構造委員会(振動運営委員会)の下に福岡大学の高山先生を主査とする免震構造小委員会が再組織されました。
免震構造設計指針が前回改訂されたのが2001年であり、委員会の再組織はこれを10年ぶりに改訂することを目標としております。
筆者も小委員会の委員、及び地震応答評価WGの主査を仰せつかり、委員会活動を開始しました。
前回の指針改訂以降の10年間には、免震に関する多くの新たな知見が蓄積されています。
それと同時に、新たに問題提起された技術的課題も多くあります。
解決すべき技術的課題の中には、長周期地震動に対する応答評価のようにブログの中でご紹介したものもあります。
10年前には存在しなかった超高層免震に関しては、風応答という新たな課題が提起されました。
設計用地震動の考え方も大きく変わりました。
告示スペクトルに適合させた地震動が用いられるようになりましたが、これも10年前にはなかったことです。
地震動の考え方については、今回の免震構造設計指針の改訂に合わせて、一度整理すべき事項と考えています。
指針の改訂を2012年に目標設定して、委員会活動を行っております。
おわりに
以上、全6回のブログでは、すべて「免震」に限定してお話してきました。
一つの話題に長くお付き合いいただき誠にありがとうございました。
日本の全免震建築棟数は四半世紀かかってやっと2,000棟を超えました。
世界的にみて建築棟数では2位以下を4倍以上も引き離して第1位となる免震大国です。
しかし、日本では平成20年の1年間だけで約157,000件もの建築着工がありましたから、免震の割合は微々たるものです参考文献6.4)。
免震は地震防災の切り札であり、人々を幸福にできる技術です。
ブログの中では、北海道釧路市における免震の活躍ぶりを紹介しました。
免震の設計や施工において少々余計に手間がかかったとしても、免震の効果をもっとPRして普及させるべきでしょう。
手間がかかるということは、工夫しだいでは利益も出やすいということになります。
付加価値を生み出す免震には、ビジネスチャンスが十分にあります。
免震は、これを作る側、作ってもらう側の両方にとって大いにメリットのあるものです。
そういう意味において、免震の未来は明るいと思います。
参考文献
- 6.1)
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嶺脇重雄,山本雅史,東野雅彦,浜口弘樹,久家英夫,曽根孝行,米田春美,和田章:超高層免震建物の地震応答を想定した実大免震支承部材の性能確認試験,構造工学論文集,Vol.55B,pp.469-477,2009年3月
- 6.2)
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山本雅史,嶺脇重雄,米田春美,東野雅彦,和田章:高減衰積層ゴム支承の水平2方向変形時の力学特性に関する実大実験およびモデル化,日本建築学会構造系論文集,第74巻,第638号,pp.639-645,2009年4月
- 6.3)
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日本建築学会,免震構造設計指針(第3版),2001年
- 6.4)
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国土交通省,建築着工統計調査報告(平成20年計分),平成21年1月30日