第3回 免震の応答
はじめに
今回は免震の応答です。
免震は振動理論と実際との乖離が少ない構造ですので、講義では学生の理解がすぐに得られます。
免震では、上部の建物を剛体とする1質点系に置換にしても、その挙動を大きく外すことはないでしょう。
しかし、それはある限定された条件の下でのことであって、まずはその条件を確認することから話を進めます。
続いて、前回説明した復元力モデルを用いた免震の地震応答解析についてお話します。
Kelly先生から学んだこと
弾性論による積層ゴムの解釈から振動理論による免震の応答評価まで、免震構造を一つの学問体系として確立されたのはKelly先生でしょう参考文献3.1)。
カリフォルニア大学バークレー校に滞在中は、共同研究を進める一方で、Kelly先生の講義を聴くこともできました。
ここでは、今回のテーマに関わる講義内容についてご紹介します。
Kelly先生の講義では、まず初めに免震建物全体を【図3.1】のように2質点振動系に置換することから始まりました。
2質点系までは、手計算で固有振動数と固有モードはすぐに求められます。
まずは、減衰のない場合の自由振動を考えて、(3.1)式のような振動方程式を立てます。
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(3.1)
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ここで、
という物理量を定義します。ωSは建物の固有振動数、ωIは建物を剛とした場合の免震の固有振動数、γは質量比を表します。
こうすると構造物の有する振動特性を直接的に理解できます。
(3.1)式の固有値は、
(3.2)
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となります。
(3.2)式のままでは複雑すぎて、ただ眺めていても式の意味するところを理解するのは困難です。
(3.2)式には、ωI/ωSが含まれています。
通常、ωI/ωSは10-1のオーダーです。
これは、周期0.3秒の建物に周期3秒の免震を適用することに相当します。
周期0.3秒の建物は5階建て程度のRC建物に相当しますので、現実的な値でしょう。
よって、その2乗、すなわち(ωI/ωS)2=ε<<1と見なせます。
微小な値εに関する近似式として、
を利用します。
さらに(ωI/ωS)2より高次の項を無視すると、(3.2)式の2つの解は小さい順に
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(3.3)
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(3.4)
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となります。
(3.3)式は1次固有振動数であり、これが建物を剛体とする免震の固有振動数に非常に近いことを示しています。
また、(3.4)式は2次固有振動数であり、1-γ<1であることから、免震にする前の建物の固有振動数より高くなることがわかります。
では、(3.2)式を直接、数値計算してグラフを描いてみましょう。
質量比はγ=0.5、すなわち2つの質点の質量は同じとしました。
【図3.2】は横軸にωI/ωSをとり、縦軸は1次固有振動数ω1については免震の固有振動数ωIに対する比とし、2次固有振動数ω2については上部構造の固有振動数ωSに対する比としました。
先ほどの近似では、ωI/ωSは0.1と仮定して(3.3)、
(3.4)式を導きましたが、実際にはωI/ωSは0.2程度までは、ω1、ω2ともにほぼ一定値をとることがわかります。
基礎固定時の建物周期と免震周期の比が5倍以上、すなわち固有振動数比で0.2くらいまでは、1次固有振動数は免震の固有振動数とほぼ同じであり、建物を剛体的に扱っても良いということです。
固有振動数比が0.2というのは、免震周期を3秒とすると、建物の周期は0.6秒に相当しますから、中低層のRC造建物がその範囲に含まれることになります。
ここでの考察結果は、建物が弾性である場合に限ります。
もし、非線形になったら状況は一変します。
非線形になるときの話は、次回にします。
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【図3.1 2質点振動モデル】
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【図3.2 固有振動数の変化】
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振動台加振試験の再現
第2回でお話した積層ゴムの復元力モデルを用いて、カリフォルニア大学バークレー校で実施した振動台加振試験のシミュレーション解析を行ってみました。
加振試験に用いた建物はRC造3階建てですから、Kelly教授の教えから判断すれば、振動モデルは1質点振動系でも良いことになります。
しかし、加振試験では建物が激しく損傷してしまい損傷部位を解析的にも再現する必要がありましたので、【図3.3】のような平面フレームモデルを用いることとしました。
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【図3.3 振動台加振試験の解析モデル】
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まずは、50 cm/s基準化地震動による加振試験のシミュレーション解析です。
【図3.4】は、El CentroとHachinoheを入力した場合のR階における床応答スペクトルを比較したものです。
最大応答値はほぼ1割程度の差で試験結果を予測できた上に、周期特性も良好に再現性できました。
続いて、長周期地震動であるSCT観測波による加振試験のシミュレーション解析結果を示します。
【図3.5】に、免震層の層せん断力-せん断ひずみ関係の比較を示します。
積層ゴムのせん断ひずみが320%という大きな応答となりハードニングしていますが、その状況がシミュレーション解析でも再現されていることがわかります。
前回、扱いづらいと申し上げた支承減衰一体型の積層ゴムであっても、その力学的特性を適切に評価すれば、地震応答をここまで精度良く予測できるということがわかりました。
試験結果と解析結果の詳細な比較については、拙論参考文献3.2)で述べています。
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(a) El Centro 50cm/s 加振
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(b) Hachinohe 50cm/s 加振
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【図3.4 床応答スペクトルの比較】
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(a) 実験結果
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(b) 解析結果
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【図3.5 免震層の層せん断力 ー せん断ひずみ関係】
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地震観測記録の再現
【写真3.1】の建物は、日本で初めて免震レトロフィットが施された国立西洋美術館です。
1959 年にル・コルビュジエが設計したことで有名な建物です。
免震システムは49台の高減衰積層ゴム(G8タイプ)で構成されています。
2005年7月23日に発生した千葉県北西部を震源とする地震(M6.0)では、東京都足立区で震度5強を観測しました。
国立西洋美術館には免震レトロフィット工事完了後に【図3.6】のように地震計が設置されおり、この地震の応答も記録されました。
足立区ほどの揺れはなく、最大加速度は、免震層下(BFE)で34Gal、免震層直上(1FE)で24Gal、屋上階(RF)では26Galでした。
通常の建物では上層ほど増幅される応答加速度が、免震層で低減され建物内ではほぼ同じ加速度分布となっていました。
地震観測記録については、(独)建築研究所の鹿嶋俊英博士が詳細に分析されています参考文献3.3)。
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【写真3.1 国立西洋美術館】
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【図3.6 建物断面と地震計設置位置参考文献3.3)】
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国立西洋美術館の免震レトロフィットの設計では、筆者が提案した復元力モデルが使用されました。
ということは、地震観測記録があれば、地震応答のシミュレーション解析が行えるということです。
【図3.7】は設計で用いた振動解析モデルです。
(独)建築研究所から地震観測記録をご提供頂きましたので、さっそく地震応答解析を行ってみました。
しかし、解析結果は観測記録と全然合いませんでした。
観測記録を調べてみると、積層ゴムの最大せん断ひずみは約6%でした。
合わなかった理由は、筆者の復元力モデルが低ひずみ(せん断ひずみ10%以下)領域では履歴減衰が生じない線形の復元力特性として扱ったためでした。
大地震時の挙動を再現することを目的として開発した復元力モデルが、小地震時の挙動再現には全く役に立たなかったのです。
残念ながら、積層ゴムのメーカーでも、低ひずみ領域での力学的特性を詳細には把握していませんでした。
そこで、地震観測記録を用いて、振動方程式から免震層の荷重変形関係を【図3.8】のように逆算してみました。
この方法で2003年から2005年までの11地震の地震観測記録を分析することで、【図3.9】のように、低ひずみレベルでの等価せん断弾性率と等価粘性減衰定数を求めてみました。
同図には、復元力モデルで使用している両指標の設計式を外挿して曲線を示しています。
実験式は、せん断ひずみ10%~400%の範囲のデータを近似するように作成したものですが、10%以下の領域に外挿しても観測結果を良く近似していると思われます。
そこで、計算プログラムを修正して線形ばねの範囲をせん断ひずみ0.05%まで大幅に下げてみました。
【図3.10】は、計算プログラム修正前後の加速度応答波形を示しています。
単に、実験式の適用範囲を下げるだけで、観測記録とほぼ一致する解析結果が得ることができました参考文献3.4)。
近年、地震時における企業の事業継続計画(Business Continuity Plan)が注目されています。
生産施設では、地震後にもすぐに稼動できるように免震が積極的に採用されています。
一方、半導体関連の工場のような生産施設には生産性向上のために、防振対策も重要となります。
免震に防振効果を期待する場合には、微振動領域の応答予測精度も重要なことです。
ここで申し上げたシミュレーション解析結果は、大地震時のみならず中小地震あるいは環境振動に対する免震の挙動を予測できることを示しています。
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【図3.7 設計で用いた3次元モデル】
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【図3.8 推定された積層ゴムの応答】
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(a) 等価せん断弾性率
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(b) 等価粘性減衰定数
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【図3.9 低ひずみ領域における復元力指標の分析】
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(a) 復元力モデル修正前
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(b) 復元力モデル修正後
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【図3.10 応答加速度波形の比較】
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おわりに
今回は、免震の応答についてお話しました。
冒頭では、免震は理論と実際の乖離が少なく、単純な振動系に置換しても大きく外すことはないと申し上げました。
そうは言ったものの、免震の要となる積層ゴムの適切なモデル化なしでは、応答予測を大きく外してしまうことを、地震観測記録のシミュレーション解析で実感しました。
今回お話したような応答レベルの大小のみならず、最近では2方向入力や長時間応答による疲労劣化など、従来は想定しなかった様々な要因を免震の地震応答予測に考慮する必要性が出てきました。
免震の地震応答予測に関する最新の知見については第5回で紹介しますので、ご期待下さい。
参考文献
- 3.1)
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James M. Kelly, Earthquake-resistant Design with Rubber (2nd edition). Springer:
London, 1997.
- 3.2)
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Masaru Kikuchi, Ian D. Aiken. An Analytical Hysteresis Model for Elastomeric Seismic
Isolation Bearings, Earthquake Engineering and Structural Dynamics, Vol. 26, 215-231,
1997.
- 3.3)
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鹿嶋俊英,大川出,小山信,飯場正紀:免震耐震改修された国立西洋美術館本館の地震時挙動,第12回日本地震工学シンポジウム,pp.1194-1197,2006年
- 3.4)
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M. Kikuchi, K. Morihiro, Ian D. Aiken. An analytical hysteresis model to predict
the small shear strain behavior of high-damping rubber bearings, Protection of historical
buildings, PROHITECH09, Rome, Italy, Vol.1, 689-695, 2009.