ホーム   研究雑記 長周期地震動と建築物の耐震性 / 北村 春幸    第5回 長周期地震動に対する建築物の耐震性能評価
研究雑記 長周期地震動と建築物の耐震性 第1回 「長周期地震動と建築物の耐震性」研究の契機
第2回 長周期地震動と標準波・告示波との対応
第3回 長周期地震動と超高層建物の応答性状と対応策
第4回 免震建物の耐震安全性能
第5回 長周期地震動に対する建築物の耐震性能評価
第6回 おわりに
北村 春幸

(きたむら はるゆき
    / Kitamura Haruyuki)
東京理科大学 理工学部 建築学科 教授


<略歴>

1976 神戸大学大学院工学研究科建築学専攻修士課程終了
1976  (株)日建設計に入社
1994  博士(工学) 東京大学
2001  (株)日建設計を退職
2001  東京理科大学 理工学部 建築学科 教授
  現在に至る

5.長周期地震動に対する建築物の耐震性能評価

エネルギーの釣合に基づく建築物の耐震設計法

地震動に対する鋼構造建物の累積損傷を評価する方法として、エネルギーの釣合に基づく建築物の耐震設計法(以降エネルギー法と呼ぶ)がある。 地震動による建物への入力をエネルギーにより評価し、構造骨組の降伏層せん断力の最適分布に対する偏りに応じて各層に塑性履歴エネルギーを配分するものである。 このエネルギー配分則のもとに、入力エネルギーと建物の吸収するエネルギーの釣合式から、構造骨組の各層の塑性履歴エネルギーとそれから求まる累積塑性変形を予測するものである。 さらに、層の累積塑性変形の最大塑性変形に対する比率adを介して最大層間変形を予測している。

部材レベルの時刻歴応答解析

一方、コンピュータの計算能力の飛躍的な進歩と普及に伴い、静的弾塑性解析で用いられる架構モデルを、そのまま弾塑性応答解析する部材レベルの時刻歴応答解析が、設計においても用いられるようになってきた。 特に、1995年阪神淡路大震災以降、ほとんどの超高層建物で採用されるようになった制振構造では、制振効果を適切に評価するために部材レベルの時刻歴応答解析が行われている。 このような解析は膨大な出力の整理や、モデル化や入力の誤りを確かめることに多大な労力を要する。 計算結果を有効に利用するためにも、目安となる簡便な応答評価法が求められている。

長周期地震動に対する超高層建物の耐震安全性の検討には、架構や部材の累積塑性変形や塑性歪エネルギー吸収量などの累積値に対する評価が必要とされており、そのためには時刻歴応答解析結果をもとにエネルギー法を適用して累積損傷を評価することが、有用な方法と考える。

時刻歴応答解析へのエネルギー法の適用

ここでは、長周期地震動による鋼構造超高層建物の時刻歴応答解析から求まる結果に、エネルギー法を用いた建築物の耐震性を評価する方法とその手順を提案する。 その方法を用いて、長周期地震動の入力エネルギーがどの程度の大きさになるのか、そのエネルギーがどこに配分されたか、どこに損傷が集中したか、その結果として層や部材がどの程度の損傷を受けたかなどを総合的に評価する。

エネルギー釣合に基づく応答評価法

エネルギーの釣合式は,主架構の弾性振動エネルギーfWe(t)、塑性履歴エネルギーfWp(t)、減衰による消費エネルギーfWh(t)と、制振部材の弾性振動エネルギーsWe(t)、塑性履歴エネルギーsWp(t)の総和が入力エネルギーE(t)と等しく、地震動が始まって(t=0)から終わる(t=t0)までの全継続時間t0で成立する。

fWe(t)+fWp(t)+fWh(t)+sWe(t)+sWp(t)=E(t) (1)

下から減衰による消費エネルギー、塑性履歴エネルギー、弾性振動エネルギーを積み上げ、入力エネルギーと一致することを表した時刻歴応答の模式図を図1に示す。 斜線を引いた弾性振動エネルギーfWe(t)sWe(t)は,層間変形や層せん断力などの最大応答値発生時刻(t=tm)において最大値となり、地震動終了時(t=t0)ではほとんど消滅する。 エネルギーを累積する主架構や制振部材の塑性履歴エネルギーfWp(t)sWp(t)と減衰による消費エネルギーfWh(t)は地震終了時(t=t0)に最大となる。

fWp(t0)+fWh(t0)+sWp(t0)=E(t0) (2)
図1 エネルギーの時刻歴応答の模式図

時刻歴応答解析から求まる結果にエネルギーの釣合に基づく耐震設計法を適用

長周期地震動による鋼構造超高層建物の時刻歴応答解析から求まる結果にエネルギーの釣合に基づく耐震設計法を適用して、建築物の耐震性を評価する方法を説明する。 説明に用いた解析結果は、巻末に示す30階建ての鋼構造架構モデルを用いたものである。

(1)建物全体としてのエネルギー収支の検討

入力エネルギーE(t0)を求め,その速度換算値VEを入力地震波のエネルギースペクトル図(VET関係)の建物の1次固有周期T1上にプロットし、両者の比較から十分なエネルギーが入力されていることを確認する。(図2参照)
(3)
図2 入力地震動の波形と速度応答スペクトル・エネルギースペクトル
減衰により消費されるエネルギーに、塑性履歴エネルギーと振動エネルギーを順次加えた時刻歴を描き、その総量と入力エネルギーの時刻歴が一致することからエネルギーの釣合式が成立つことを確認する。(図3参照)
最終時刻t=t0の主架構の塑性履歴エネルギーfWp(t0)と制振部材の値sWp(t0)を比較して、制振効果の概略を把握する。
図3 入力エネルギーの時刻歴

(2)層のエネルギー配分の検討

各層の主架構と制振部材の層せん断力-層間変形関係を表す履歴曲線が描くループの面積から塑性履歴エネルギーfWpisWpiを求める。(図4参照)
その際、地震波の最終時刻の後に0のデータを1,2分間程度追加して、解析終了時に残留変形が求まるようにすると良い。図4中の○が最終時刻の変形(残留変形)を示す。
図4 層せん断力-層間変形関係(C-SAN-EW)
制振モデルであっても主架構が大きく塑性化する大入力に対しては、原点からの大きな偏りを生じており、大きな残留変形を残す。
制振モデルも設計を上回る大入力に対しては純ラーメンモデルと同じ挙動を示す。
塑性履歴エネルギーの高さ方向の分布を示し、その分布から層へのエネルギー配分がわかり、損傷が集中する層とそのエネルギー量を知る。(図5参照)
図5 主架構の層の塑性履歴エネルギー
制振部材と主架構の塑性履歴エネルギー総量に対する層で吸収するエネルギーの割合1/γsi1/γfiを求め、その高さ方向の分布から層へのエネルギー集中の程度を知る。
(4)、(5)
図6 主架構の損傷集中1/γ
主架構は、図7に示すように架構の増分法による静的弾塑性解析から得られる各層の層せん断力-層間変形関係を、最大層間変形δimax時の履歴面積が等しくなる(面積S1=面積S2)完全弾塑性型復元力特性に置換する。この等価降伏耐力をfQeqi、等価降伏変形をfδeqiと定義する。主架構の塑性変形fδpmi、塑性変形倍率fμmi、累積塑性変形倍率fηiを応答結果から求める。
(6)
(7)
(8)
主架構のfηiの高さ方向の分布を求め、層の累積損傷度を検討する。これらの値の累積塑性変形倍率の限界値fηui(巻末の付録2参照)に対する比率から、架構の損傷限界に対する余裕度を把握する。
図7 層の履歴曲線のBi-linear置換
図8 主架構の累積塑性変形倍率
制振モデルは純ラーメンモデルと比べて,累積値である累積塑性変形倍率では0.55~0.72倍と大幅に低減している。
時刻歴応答解析から各層の残留変形fδriを求め、残留変形に対する降伏変形の比率である残留変形倍率fΔηiの、その値の塑性変形倍率fμmiに対する比率fΔηi/fμmiを求め、残留変形による損傷の残留を評価する。
(9)、(10)
図9 主架構の残留変形
図10 主架構のfΔηi/fμmi
残留変形は、ART TOMA Sv150による純ラーメンモデルで3.2cm(18階)、制振モデルでも2.6cm(18階)、C-SAN-EWによる制振モデルで1.2cm(5階)を示すが、他のケースでは1cm以下の値に留まっている。
最大塑性変形に対する残留変形の比率は、 C-SAN-EWによる制振モデルの下層部とART TOMA Sv150による両モデルの値fΔηi/f&mumi=0.5~0.8を示し、他のケースは0.3以下に留まっている。

(3)部材の平面的なエネルギー配分の評価

塑性化の程度の大きい層を選び、その層における梁端部や柱頭・柱脚の曲げモーメント-回転角(M-θ)関係や、制振部材では層せん断力-層間変形(Q-δ)関係に着目して、平面的なエネルギー配分を検討する。
主架構を構成するi層のj番目の柱部材と梁部材の材端曲げモーメント-回転角関係は、図11(a)に示すように完全弾塑性型に置換し、全塑性モーメントをそれぞれ、cMGM、降伏回転角をCθGθ、最大回転角をCθijmaxGθijmax、最大塑性回転角をCθpmijGθpmi、累積塑性回転角をCθGθとする。i層のj番目の履歴減衰型制振部材は、図11(b)に示すように完全弾塑性型に置換し、初期せん断ばね定数をk、降伏耐力をsQ、降伏変形をsδ、累積塑性変形をsδ、最大塑性変形をsδ、累積塑性変形倍率をsηij、塑性変形倍率をsμとする。
図11 部材の復元力特性
制振部材や構造部材の累積塑性変形倍率sηijGηijを計算する。部材の塑性変形倍率と累積塑性変形倍率の平面的な分布を描き、部材の塑性化の程度と累積損傷の程度を評価する。これらの値の限界値(巻末の付録2参照)に対する比率から、制振部材と構造部材の最大値と累積値の限界値に対する余裕度を把握する。
(11)、(12)
図12 梁部材の最大値と累積値の平面分布(16階)
塑性変形倍率は3波ともほぼ同じ分布形状を示すが、純ラーメン架構と制振ブレース付架構とで異なる。純ラーメン架構は中央部に向かって徐々に大きくなる分布を示し、制振ブレース付架構は中側の境界梁が極度に大きくなる。
最大値である純ラーメン架構の梁端部の塑性変形倍率は架構中央部が大きくなるもののその差は少ない。一方、累積値である累積塑性変形倍率は純ラーメン架構、制振ブレース付架構ともに中央の梁が極度に大きく、平面的な損傷集中が顕著に表れる。その値は地震波により異なり、塑性変形倍率の大きさとは必ずしも一致しない。
塑性変形倍率は3波のうちART TOMA Sv150が特に大きく3~4程度の値を、他の波は1.5以下に留まる。累積塑性変形倍率は境界梁が特に大きい値を示し、分布形状がよく似ている。その値はX2架構がX1架構の1.5~2.5倍程度大きく、地震波による違いが大きい。

まとめ

この方法により,部材レベルの時刻歴応答解析から,長周期地震動に対する鋼構造超高層建物の応答評価として
長周期地震動として入力エネルギーの評価
各層への損傷集中と地震終了後の残留変形による損傷の評価
制振構造による構造体の損傷低減効果の評価
構造部材や制振部材の高さ方向と同一階における損傷集中の評価
構造部材・制振部材の累積損傷の評価
を明らかにできる。

付録1.解析モデル

対象建物は、鋼構造30層純ラーメン架構(純ラーンメンモデル)とその架構(主架構)に履歴減衰型制振ブレースを付与した制振架構(制振モデル)とし、1階大梁を含む地上部のみをモデル化する。各階床重量は10.4(kN/m2)とし、制振架構の梁伏図、軸組図を付図1、2に、部材断面を付表1に示す。制振ブレースの設置位置を付図1中の太実線で示し、付図2に示すようにハの字形状に1階から30階まで連層に取り付ける。純ラーメン架構はC0=0.3に対して許容応力度設計する。また、柱の終局耐力を梁の1.5倍以上にした梁降伏型架構とする。荷重増分法による静的弾塑性解析より、本架構は、設計層せん断力の約1.7倍で梁部材が初めて全塑性モーメントに達し(弾性限耐力fαy1=0.14)、終局耐力(fαu1=0.17)は約1.9倍を示した。制振ブレースの降伏層せん断力係数sαyiは、第1層でsαy1=0.01とし、その高さ方向の分布はAi分布とする。

付録2.JSCA性能設計