2.長周期地震動と標準波・告示波との対応
長周期地震動の評価指標
地震動は加速度などの時刻歴波形で示されることが多い。
波形からは地動のゆれの振幅と継続時間が明らかになる。
簡便に地震時の建物のゆれを推定する方法として、一般的には、震度階で表される。
超高層建物の設計に用いられる標準波・告示波に対しては応答スペクトルが用いられる。
応答スペクトルは、1質点系モデルの地震応答解析から求めた最大応答値を縦軸に、固有周期を横軸に取って表したものである。
最大値として採用する応答値により、加速度、速度、変位応答スペクトルがある。
地震動の継続時間が長い長周期地震動と標準波・告示波との違いを明らかにするには、この応答スペクトルのみでは不十分であり、エネルギースペクトルが必要となる。
エネルギースペクトルは、減衰定数 h=0.1 の1質点モデルの地震応答解析から入力エネルギーE を求め、運動エネルギー式を用いた入力エネルギーの速度換算値VE(=√2E/M , M:建物の総質量)と固有周期の関係を応答スペクトルと同じように表したものである。
エネルギースペクトルと速度応答スペクトルの平均値
長周期地震動と標準波・告示波の速度応答スペクトルとエネルギースペクトルを図1に示す。
標準波は3秒以下の短周期領域で、長周期地震動は長周期領域で、速度応答スペクトルSV が大きくなる。
エネルギースペクトルVE では、標準波に比べて長周期地震動が全般的に大きく、長周期領域は格段に大きくなる。
長周期地震動は、エネルギースペクトルと速度応答スペクトルとにより明確にできる。
応答スペクトルは、最大応答値と対応し、エネルギースペクトルは累積値と対応する。
速度応答スペクトルとエネルギースペクトルとの対応関係から、直下地震と長周期地震動の違いが明確になる。
減衰定数h=0の速度応答スペクトルSV,h=0 とエネルギースペクトルVE,h=0 はほぼ等しくなる。
厳密には地震動が始まってから終わるまでの最大速度値であるSV,h=0 が地震終了時の最大速度値であるVE,h=0 を包絡することになる。
速度応答スペクトルSV,h 、エネルギースペクトルSE,h 、単位質量当たりの入力エネルギーE/M の周期T = 0~10s間の平均値をVE 、SV 、E/M とする。
表1には、標準波である1940年Imperial Valley地震のEl Centro記録(El Centro NS)と、1968年十勝沖地震の八戸港湾記録(HachinoheEW)、長周期地震動として2003年十勝沖地震の苫小牧記録(Tomakomai
NS)と釜江・入倉らによる想定南海地震の大阪管区気象台の予測波(KK-OSA-NS)のE/M 、SV 、VE を計算して示す。
また、地震動の加速度波形のパワーの累積値
が5%になる時刻から95%になる時刻までの間を地震動継続時間 et 0 と定義して計算する。
図1 速度応答スペクトルとエネルギースペクトル
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(a)速度応答スペクトル SV (h = 10%)
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b)エネルギースペクトル VE (h = 10%)
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EL CENTRO 1940 NSやHACHINOHE 1986 EWなどの観測波の最大速度値をVmax = 50cm/sに基準化した標準波と、目標スペクトルに一致するように作成した
ART HACHI,ART KOBEなどの模擬波が、超高層建物や免震建物の設計に用いられている。ART HACHIとART KOBEは、位相特性としてHACHINOHE
1968 EWとJMA KOBE 1995 NSを用い、周期0.64秒以上で SV = 100cm/s(h = 5%) となる二折れ線(Bi-linear型)で設定した目標スペクトルに一致するように作用した波形である。
2003年十勝沖地震のTOMAKOMAI NSと長周期地震動の予測波は、図(a)速度応答スペクトルでは、
はSV = 80~120cm/sを、
はその1.5倍のSV = 120~180cm/sを示す。
図(b)エネルギースペクトルでは、
は標準波・模擬波でVE = 120~180cm/sを、長周期地震動で1.5倍のVE = 180~270cm/sを、
はさらにその1.5倍のVE = 270~400cm/sを示す。
速度応答スペクトルの減衰関数
表1より、減衰定数h=0~0.2に変化しても、いずれの地震波も入力エネルギーE の平均値E/M はほぼ一定値であることがわかる。
エネルギースペクトルを表すh=0.1 のVE,h=0.1 (表1の赤字)はh=0 の速度応答スペクトルSV,h=0 (表1の青字)とほぼ等しい値になる。
従って,h=0 の速度応答スペクトルSV,h=0 に対する減衰定数 h のSV,h の比率で表される減衰関数F (h)=SV,h / SV,h=0は,近似的にSV,h=0をVE,h=0.1に置き換えることができる。
F (h)=
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SV
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=
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SV
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SV,h=0
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VE,h=0.1
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(2)
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表1のSV,h / SV,h=0の欄の値からわかるように、減衰関数F (h)=SV,h / SV,h=0 は減少関数で、地震動継続時間 et 0 の長い苫小牧記録NSとKK-OSA-NSの値(表1の橙字)は、標準波のEl
Centro記録と八戸記録の値(表1の緑字)に比べて減少率が大きくなっている。
表1 E,SV,VE の値
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単位地震動の繰返しの概念
長周期地震動を単位地震動の繰返しの概念を用いて評価する。
巨大地震を引き起こす大断層では断層の破壊が順次進行し、あたかも同一地震動が数回連続して発生することと似ている。
同一地震動が一定間隔を保って数回起こるモデルを想定する。
この同一地震動を単位地震動と呼ぶことにする。
単位地震動の反復数を f とする。
単位地震動の減衰関数0F (h)=0SV,h / 0VE,h=0 を、添え字 0 を符号の前に付けて、長周期地震動の減衰関数F (h)=SV,h / VE,h=0 と区別する。
図2に示すように、長周期地震動として単位地震動が一定間隔を保って数回起こるモデルを想定する。
最大応答値は単位地震動の最大応答値が繰り返されることになるため、長周期地震動の速度応答スペクトルの平均値 SV,h = 0SV,h は単位地震動の 0SV と等しくなる。
入力エネルギーの時刻歴は単位地震動によるエネルギー入力の時刻歴の累積値で表されるため、入力エネルギーE=f•0E は単位地震動の入力エネルギーの反複数f倍になる。
同様に、エネルギースペクトルの平均値 VE=√f 0VE は単位地震動 0VE の反復数の √f 倍になる。
SV = 0 SV , E = f •0E , VE = √ f0VE
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(4)
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図2 応答の時刻歴(f = 3 の場合)
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(a)E ー t 関係
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(b)δ ー t 関係
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減衰関数の予測式
これらの関係を用いると、長周期地震動の減衰関数F(h)=0F(h)/√fは、単位地震動の減衰関数0F(h) を反復数の1/√f 倍で近似できる。
F (h) =
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SV
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=
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0 SV
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=
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0 F (h)
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VE,h=0.1
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√f •0VE,h=0.1
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√f
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(5)
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また、単位地震動の反復数f=(0F (h)/F (F (h))2は、単位地震動と長周期地震動の減衰関数から計算できる。
El Centro NSを単位地震動と定める。
単位地震動の減衰関数 0F (h) は次の経験式で表される。
表2のF (h) には地震波から求めた精算値((2)式)が示されている。
表2の0F (h) は(7)式から求めた近似値(表2の赤字)が示されており、単位地震動(El
Centro NS)の精算値(表2の青字)にほぼ一致する。
単位地震動以外の地震動の反復数f = (0F (h)/F (h))2は、h=0.1のときの精算値F (0.1)と近似値0F (0.1)を用いて(6)式より求める。
(6)式と(7)式を用いて求めた予測値F (h)=0F (h)/√f(表2の橙字)は,精算値(表2の緑字)と h ≥0.05 の範囲で良く一致している。
表2 0 F (h) 及び F (h)の値
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速度応答スペクトルのエネルギースペクトルを用いた予測式
次に、減衰関数の近似値F (h)=0F (h)/√f を用いて、地震動のエネルギースペクトル(図中の黒太実線)から速度応答スペクトルを予測することを試みる。
図3には、速度応答スペクトルSVの予測値VE×F (h)(図中の青破線)とSVの精算値(図中の赤細実線)を比較して示す。
h ≥0.05において予測精度は良好である。
長周期地震動は、単位地震動の反復数fの概念を適用することで、標準波で確立した減衰関数などの応答スペクトル(最大値)とエネルギースペクトル(累積値)との対応関係を明らかにできる。
図3 SV の予測
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(a)El Centro
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(b)八戸記録
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(c)苫小牧記録
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(d)大阪記録
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参考文献
- 1)
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秋山宏,北村春幸:エネルギースペクトルと速度応答スペクトルの対応,日本建築学会構造系論文集,第608号,pp.37-43,2006年10月
- 2)
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日本建築学会東海地震等巨大災害への対応特別調査委員会:長周期地震動と建築物の耐震性,日本建築学会,2007年12月