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耐震の入口と出口の話
第1回 強震動の地震防災・減災 第2回 強震動計算法 第3回 震源近傍の強震動 第4回 超高層建築の震災対策 第5回 地域連携による震災対策 第6回 まとめ
久田 嘉章

(ひさだ よしあき
    / Yoshiaki Hisada)
工学院大学
建築学部
まちづくり学科 教授

<略歴>

1984  早稲田大学理工学部建築学科 卒業
1986  早稲田大学大学院理工学研究科建設工学専攻 修了
1989  早稲田大学工学部建築学科 研究助手(3年間)
1991  工学博士 早稲田大学
1993  南カリフォルニア大学地球科学科 研究助手(2年間)
1995  工学院大学建築学科 講師・助教授を経て現在に至る

第6回 まとめ

はじめに

昨年の12月より始めました本連載も今回が最終回となりました。

その間、2011年3月11日の東日本大震災を経験し、強震動と地震防災に関して様々な貴重な教訓を得ました。

被害の全容の解明にはまだ時間がかかると思いますが、著者の関わっている新宿西口地域の超高層建築の被害や地域の対応に関して得られた知見をもとに、連載のまとめをさせて頂きます。

2011年東日本大震災の強震動と超高層建物の建物被害

東北地方太平洋沖地震はM9.0と我が国の観測史上、最大規模の地震であり、東北や関東北部を中心に震度6強~震度7という強い地震動を観測しました。

ところが一般には建物を倒壊させるほどの破壊力ではありませんでした。

連載の第3回で紹介しましたように建物にとって最も破壊力のある強震動のひとつは、1995年兵庫県南部地震の際、神戸市で観測されたような活断層などの近傍に現れる指向性パルスです(神戸ではさらに大阪盆地の堆積層や表層地盤によって地震動は大きく増幅されました)。

一方、今回の地震は日本海溝から沈み込む広大な低角逆断層によって生じましたが、日本列島は断層面を挟んだ上盤側の遠方に位置するため、連載 第3回の【図8(b)】 に示すように指向性パルスは殆ど観測されない位置関係になります。

従って今回観測された強震動は、継続時間は長いものの、一般に破壊力に乏しい短周期が卓越するランダム波となったと考えられています。


一方、今回の地震では首都圏をはじめ大阪などでも長周期地震動が観測され、超高層建物が大きな影響を受けました。

都心部で観測された強震動は、連載 第4回の【図2】【図3】 に示されるように長周期だけではなく、短周期にも強い成分を持っていました。

このため超高層建物は高次モードも励起され、高層階だけでなく、中間階にも様々な被害が見られました。

超高層建物の被害例として、【表1】に新宿西口地域で行っているアンケートの集計結果の一部を紹介します参考文献 1)

幸いなことに構造的な被害や負傷者、火災など深刻な被害は生じませんでしたが、回答頂いたほぼ全ての建物で天井や内壁等の落下やはがれ、間仕切り壁の変形、ドアの開閉障害、スプリンクラーやパーテションの損傷など、非構造部材やライフライン設備に何らかの被害が生じていました。

また多くの建物のエレベータでは、ケーブル類の絡みや引っ掛かりや、エレベータ経路での内壁の落下などの被害も報告されています(【写真1】)。

広域な震災により、修理用の部品の調達が困難となったため、長いところで3週間以上もエレベータ停止を余儀なくされたケースもありました。

ちなみに、長周期地震動対策などを強化した2009年版の最新の昇降機耐震設計・施工指針が適用されたエレベータの被害は今のところ報告されていないようです。

今回の震災から、非構造部材の落下や変形防止、什器類の転倒や落下物の防止、コピー機などのキャスター付き什器類の移動防止、エレベータの耐震補強などの必要性を改めて認識しました。

【表1】新宿駅西口地域の超高層建物によるアンケート調査の速報参考文献 1)

被害内容 建物数(回答数8)
天井の一部落下 7
内壁等のはがれ 4
防火戸の開閉障害 2
電気・ガス・水道の支障 2
パーテションの倒れ 1
スプリンクラー損傷 1
防煙垂壁の損傷 1
外壁の一部落下 1
【写真1】某超高層建物のエレベータの被害例

新宿で想定すべき地震動との比較

今回の地震で首都圏の高層建物は、海溝型の超巨大地震による長周期地震動を経験したのですが、首都圏で想定すべき地震動のレベルとしては最大級ではないと考えられています。

実際、東北地方の日本海溝の近くで生じる地震では、一般に短周期地震動は首都圏へ効率的に伝播しますが、長周期地震動はあまり伝播しません。

逆に駿河トラフの近くで生じる地震は、短周期地震動はあまり伝播しませんが、長周期地震動は非常に効率的に伝播すると言われています。

新宿で観測される地震動の比較例として、ほぼ同じ地震規模と震源深さで、東京への震央距離もほぼ同じ2つの地震による波形と応答スペクトルを比較します(数値は防災科学技術研究所のK-NETのHPより)。

・2004/9/5 紀伊半島沖地震(M7.4) 深さ44 km 新宿まで約368 km

・2005/8/16 宮城県沖の地震(M7.2) 深さ42 km 新宿まで約356 km

【図1】2004年紀伊半島沖地震と2005年宮城県沖地震による震度分布、及び震央と新宿までの距離
出典:防災科学技術研究所のK-NETのHP http://www.k-net.bosai.go.jp/k-net/

ここで、2004年紀伊半島沖地震は相模トラフの近くですが、震源がやや深く、沈み込むフィリピン海プレートの内部で発生した逆断層の地震です。

一方、2005年宮城県沖地震は沈み込む太平洋プレートの境界面で発生した逆断層の地震です。

【図2】と【図3】に工学院大学新宿校舎の地下6階で観測された2つの地震による加速度・変位波形、および速度応答スペクトルを示します。

宮城県沖地震の波形やスペクトルと比較すると、紀伊半島沖地震の波形は加速度や短周期成分は小さいものの、変位や長周期成分が大きいという特徴が明瞭です。

【図2】2004年紀伊半島沖地震と
2005年宮城県沖地震による新宿・工学院大学地下6階の強震波形の比較
(上:加速度波形、下:変位波形;変位波形は周期5秒から10秒で0になるローカットフィルターを使用。各波形は基線をずらせて表示)
【図3】2004年紀伊半島沖地震と2005年宮城県沖地震による
新宿・工学院大学地下6階の加速度応答スペクトルの比較(減衰5%)

今後、新宿で想定すべき地震動の例として、【図4】に東海・東南海連動型地震(M8.3)と想定首都直下地震(東京湾北部地震、M7.3)の地震動、および2011年東北地方太平洋沖地震の観測記録による速度応答スペクトルを示します。

ここで、東北地方太平洋沖地震は工学院大学の地下6階における観測波形であり、一方、東海・東南海連動型地震は3次元有限要素法参考文献 2)による、想定首都直下地震は波数積分法参考文献 3)による工学的基盤での計算波形です。

前者の破壊開始点は新宿から最も遠方の点とし、秒程度以上の長周期成分を対象としています。

一方、後者では広い周期帯域を対象とし、破壊開始点やアスペリティー分布など100パターンを計算しており、図のスペクトルはその平均値のNS成分を示します。

図より東北地方太平洋沖地震のスペクトルは、短周期から長周期まで平坦に近いスペクトル特性を示すのに対して、東海・東南海連動型地震は長周期成分が卓越しており、東北地方太平洋沖地震の約2倍以上の振幅となっています。

一方、想定首都直下地震では周期2~3秒程度以下の短周期成分が卓越する地震動であり、やはり東北地方太平洋沖地震の数倍の振幅です。

【図4】2011東北地方太平洋沖地震(M9.0)、想定東海・東南海地震(M8.3)、
および東京湾北部地震(M7.3)による新宿の速度応答スペクトルの比較(減衰5%)

東海・東南海連動型地震など、駿河トラフ沿いの海溝型地震で首都圏の長周期地震動が大きくなる理由は、伝播特性とサイト特性によると考えられます。

すなわち、伝播特性としては駿河トラフ沿いに堆積する柔らかい堆積層(付加体)による長周期地震動である表面波が効率的に伝播することと、サイト特性としては関東平野内の厚い堆積層を長い伝播経路で、効率的な表面波が増幅すると考えられています。

これらの強い地震動で建物によっては構造的な被害を受け、長期間の業務停止により大きな経済的な被害を受ける可能性があります。

従って特に減衰の小さな高層建物には制震補強などにより、耐震性能を向上させる対策が求められています。

震災直後の新宿駅周辺地域では

次に、今回の震災後の新宿駅周辺地域の様子を紹介します。

前回(第5回連載)で報告しましたように、現在の自治体の地域防災計画は住民(夜間人口)を主な対象としており、昼間人口が圧倒的に多い都心部における対策は大きく遅れています。

このため新宿駅周辺地域では防災協議会を設立し、大規模な防災訓練を毎年実施するなどの様々な対策を行っていました。

【写真2】【写真3】は今回の震災当日の新宿駅周辺地域の様子です。

幸いにも建物には大きな被害が無く、電気・ガス・上下水などのライフラインも機能しましたので、多くの人は建物内に留まることができました。

しかしながら全ての鉄道が停止し、駅前には大勢の滞留者があふれ、幹線道路も大渋滞となりました(【写真2】)。

さらに大勢の人が帰宅困難者となり、徒歩帰宅が可能な多くの方は帰宅を試み、その他の方は宿泊場所を求めてさまようことになりました。

例えば新宿の場合、東京都庁には5,000名近い帰宅困難者であふれ、新宿区や渋谷区の公共施設だけでなく、民間の多くの建物に帰宅困難者の受入れの依頼を行いました。

実際には多くの民間施設は自主的に受入れ場所を提供しました。

例として【写真2(右)】は工学院大学新宿校舎の1階アトリウムの様子ですが、地階・1階併せて700名近い帰宅困難者を受入れました。

その他、多くの施設でも受入れ準備を行っていたようですが、残念ながら地域での情報伝達はうまく行きませんでした。

このため、【写真3】に示すように、新宿駅前には大勢の方が地下道などで夜を過ごす一方で、受入れ準備をしていた建物には殆ど人が来なかった、などの状況も起きてしまいました。

【写真2】震災直後の新宿駅(左)と工学院大学新宿校舎での帰宅困難者受入れの様子(右)
【写真3】震災日の夜の新宿駅地下道(左)と同時刻における某超高層建物の1階フロアの様子(右)

事前に想定していた西口と東口の現地本部は、今回の震災では残念ながら機能しませんでした。

訓練では新宿区や周辺の事業者から担当者が現地本部に集まり、自主的に本部を設置・運営することになっていましたが、実際は殆どの方は自分の担当部署の対策に追われていました。

しかも現地本部に派遣する担当者も明確ではなかったため、震災直後には殆ど誰も参集できませんでした。

一方、帰宅困難者への対応などで、新宿区も事業者も互いに連絡しようとはしていましたが、適切な時期に連絡が出来ませんでした。

今回は負傷者や火災なども無く、深刻な事態にはなりませんでしたが、想定されている大震災では、相互の情報連絡は絶対に必要になります。

今後の改善点として、現地本部では震災直後には人の移動ではなく、相互連絡を可能とするとするための非常用通信網の構築と連絡体制の強化を行うことにしています。

新宿駅周辺地域では今年度も地域防災訓練を行う予定ですが、今回の震災の反省点を活かした内容にする予定です。

一方、震災当日の夜には私鉄を中心に徐々に鉄道が復旧し、都心にいた多くの方が帰宅できました。

しかしながら鉄道会社同士の連携はあまり無く、再開した鉄道に人が殺到し、非常に危険な状況となったケースがあったと報告されています。

今回は延焼火災やパニック、治安の悪化などはありませんでしたが、より大きな震災では鉄道は当面復旧できませんし、むやみな移動はかえって危険です。

従って状況が分かるまで、原則としてその場に留まるべきです。東京都も今回の経験により、従来の帰宅支援のための対策から、都心に留まる対策へと変換を図るようです参考文献 4)

すなわち今後、震災後にも建物内での滞在し続けるためには、都心の建物は最低限の機能を維持するという、建築基準法が要求する安全限界よりも高い耐震性能が求められることになります。

おわりに:都心の主要建物はより高い耐震性能を

今回の震災で様々な教訓を得ることができました。

強震動の観点では、超巨大な海溝型地震でも活断層近傍で発生する指向性パルスなどに比べて破壊力のある地震動にはならないこと、首都圏の長周期地震動としては最大級では無かったこと、などです。

それでも都心の建物では天井など非構造部材の落下などで死傷者を生じ、エレベータが長期間停止し、速やかな業務復旧に支障が出るなどのケースもありました。

より大きな地震動が想定される首都直下地震や駿河トラフ沿いの海溝型巨大地震に対しては、構造だけでなく、非構造部材やライフライン施設・設備などの耐震性能の向上のための対策が望まれます。

一方、都心部では住民(夜間人口)を想定していた避難所に帰宅困難者(昼間人口)が殺到するなど、住民を主対象とする現在の地域防災計画の様々な問題点が浮き彫りになりました。

より深刻なのは都心で大勢の負傷者が発生する場合です。

やはり現在の対策(医療救護所の設置や備蓄薬品の整備、医師会との連携など)は住民を対象としているため、都心部では治療を受けられない大量の治療難民が出ることが懸念されています。

今後は都心部では自治体・住民だけでなく、地元の事業者や大学、病院・医師会などとも連携し、震災後にはできるだけ都心に留まる対策や、負傷者を出さない対策、多数の負傷者や帰宅困難者が出た場合の対策、などを行っていく必要があります。

以上の点から、今後、都心部の主要建物(公共建物や大勢の在館者を抱える建物など)は、構造の安全性に加えて、負傷者を出さない、宿泊を可能とする、そのための最低限の機能を維持するし、速やかな復旧を可能にする、など高い耐震性能が必要になるはずです。

そのための高度な耐震技術やノウハウはわが国にありますし、高い耐震性能を誇ることで建物の資産価値だけでなく、街区、東京、さらには日本の信頼性やイメージ向上につながって欲しいと思います。

最後になりますが、今回の震災で被害を被った方々に心よりお見舞いを申し上げ、連載を終りにさせて頂きます。

長い間、お付き合いいただき、ありがとうございました。

参考文献

1)
久田嘉章・久保智弘・新藤 淳、「4.4.4 超高層建物の状況」、2011年東北地方太平洋沖地震・速報版初動調査報告書、日本建築学会関東支部、2011(予定)
2)
Yoshimura, C. Y. Yamamoto and Y. Hisada, Long-Period Ground Motion Simulation of 2004 off the KII Peninsula Earthquakes and Prediction of Future M8 Class Earthquakes along Nankai Trough Subduction Zone, South of Japan Island, Proc. 14th World Conf. Earthq. Engng., CD-ROM、2008
3)
田中良一・久田嘉章、首都圏にある超高層キャンパスの地震防災に関する研究(その2:首都直下地震の強震動予測)、日本建築学会大会学術講演梗概集、No.21308、2007
4)
例えば、asahi.com、「帰宅困難者はビルに泊まって…都が大災害時の対応見直し」、2011/6/14, http://www.asahi.com/special/10005/TKY201106140233.html