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耐震の入口と出口の話
第1回 強震動の地震防災・減災 第2回 強震動計算法 第3回 震源近傍の強震動 第4回 超高層建築の震災対策 第5回 地域連携による震災対策 第6回 まとめ
久田 嘉章

(ひさだ よしあき
    / Yoshiaki Hisada)
工学院大学
建築学部
まちづくり学科 教授

<略歴>

1984  早稲田大学理工学部建築学科 卒業
1986  早稲田大学大学院理工学研究科建設工学専攻 修了
1989  早稲田大学工学部建築学科 研究助手(3年間)
1991  工学博士 早稲田大学
1993  南カリフォルニア大学地球科学科 研究助手(2年間)
1995  工学院大学建築学科 講師・助教授を経て現在に至る

第5回 地域連携による震災対策

はじめに

今回は耐震の出口の話として、地域連携による震災防災の課題と事例、特に私が関係している新宿駅周辺地域における区や地元の事業者を中心とした共助の取り組みを紹介します。

次回は最終回になりますが、2011年東日本大震災での経験と教訓を報告し、私の連載のまとめとしたいと思います。

過去の経験から学ぶ地域連携による震災対策:火災対策から地域特性に応じた震災対策へ

まずは震災経験から学んだ地域連携による震災対策の現状と課題を紹介します。

一口に震災と言っても地域により想定される被害はかなり違いますので、重点的に取り組むべき対策も異なるはずです。

しかしながら、前回紹介した超高層ビルの震災対策と同様に、地域の震災対策もやはり火災対策がかなり強調されています。

今回の東日本大震災でも明らかですが、地域により想定される震災には、建物倒壊や延焼火災だけでなく、津波や地滑り、土石流、液状化、放射能汚染など大きく異なっています。

特に、首都圏では駅ターミナル周辺に大勢の帰宅困難者が生じ、地域の震災対策に大きな課題を残しました。


地域の震災対策として火災が大きな比重を占めていますが、これは1923年関東大震災における東京での悲惨な経験によると思います。

この震災により、約10万人の死者が生じましたが、うち約9割は延焼火災と言われています参考文献 1)

一方、この地震は相模湾を中心とする地震断層で発生しましたので、震源域である神奈川県や千葉県の南部では、建物の倒壊や津波・土石流などで多くの方が亡くなっています。

従って、このような地域では貴重な経験により得られた対策が重要です。

ところが火災による圧倒的な被害により、その他の震災は影が薄くなってしまったようです。

少なくとも【写真1】に示すように、首都圏の地域防災訓練では、まずは避難所に避難し、その後は初期消火を行うという、関東大震災での延焼火災を想定した訓練形式が定着しました。

まずは初期消火を行いますが、失敗したら避難という言わば「逃げるための対策・訓練」が延々と行われています。

【写真1】典型的な関東大震災型の地域防災訓練の例
(まずは避難所に集まり、初期消火訓練を実施)

ところで、地域特性を知るには防災マップが重要になりますが、これも現在は火災への対応が主流です。

例として【写真2】は、神奈川県茅ケ崎市の海岸通りで見かけた防災マップです。

「地震・火災の広域避難場所」、「ぐらっと来たら火の始末」とあり、海岸近くの公園(野球場)と小学校が避難場所として示されています。

これによるメッセージは、火の始末と広域避難場所への避難です。

ところで、【写真2】のようにこの周辺は、道路は広いし、耐火建築が多く、少なくとも木造密集地ではないので、延焼火災が最重要とは思えませんでした。

それよりも震災時に海岸近くの広場に逃げて良いのでしょうか?

関東大震災では茅ヶ崎市に7m近い津波が襲来したと言われており、市では津波ハザードマップを公開し、様々な津波対策が行われているようです参考文献 2)

しかしながら、このマップにはその成果が反映されていません。

今回の震災を大きな教訓にして頂きたいと思います。

【写真2】海岸沿いの防災マップ(左)と周辺地域
(右:道路右側の建物の裏は相模湾:2010年5月撮影)

一方、1995年阪神淡路・大震災では、関東大震災型の「逃げる対策・訓練」が通用しませんでした。

神戸市に隣接する活断層から非常に強い地震動が発生し、多くの老朽化した建物が倒壊しました。

約6,400名の死者のうち直接死が約5,500名で、うち約8割が建物の倒壊、約1割が家具類等の転倒の下敷きで死亡し、焼死は約1割と言われています。

従って住民は火災から逃げるよりも、近隣で助け合い、建物・家具に閉じ込められた人を救出し、傷病者の応急救護や病院への搬送などが必要になりました。

実際、閉じ込められた方のうち、自力で脱出または家族や友人・隣人等に救助してもらった割合は9割以上と言われています参考文献 3)

この震災により消防・警察など公助の限界が明らかになり、地震・火災に強い建物・まちを実現するために自助努力と、地域特性に応じた共助による対策・訓練の重要性が再確認されました。

すなわち、閉じ込め者の救出や傷病者や要援護者の救援救護など、目の前で発生する震災に「立ち向う対策・訓練」の必要性が高まりました参考文献 4)

大都市中心部での震災対策の現状:取り残されている昼間人口への対策

東京をはじめとする大都市の特性は1923年関東大震災から大きく変化しましたが、対応は大きく遅れているのが現状です。

阪神淡路大震災では大都市における震災について貴重な経験をしましたが、明け方に発生したため、人的被害は住宅地に集中しました。

従って昼間人口が圧倒的に多い大都市の中心部での人的被害のデータが無く、その震災対策が取り残されています。

多くの自治体では阪神淡路大震災の経験をもとに地域防災計画が改定されましたが、その主たる内容は夜間人口(住民)向けであり、都市部での勤務者や学生・買物客・旅行者など昼間人口向けの対策が課題となっているのです。


例えば東京都・新宿区では、2005年の住民(夜間人口)は約30万人ですが、昼間人口は約77万人と倍以上です。

千代田区に至っては、夜間人口は約4万人に対して昼間人口は約85万人という、昼間だけ大都市に匹敵する人口を抱えています参考文献 5)

にもかかわらず、例えば一時避難所(小・中学校)や備蓄品は地域住民を主な対象としています。

実際、今回の震災でも首都圏では大勢の人が帰宅困難者となり、路頭に迷うことになりました。


もっと深刻な問題は、大勢の傷病者の発生だと思います。

例えばM7.3の東京湾北部地震が冬の夕方18時、風速15m/s 発生した場合、東京都で想定している死者と傷病者の数は、それぞれ約6,400人と約16万人で、うち重傷者は約2万4千人という膨大な数です参考文献 6)

しかも、この数に高層ビルや鉄道による被害は、推定のためのデータが無いため、含まれていません。


このような大勢の傷病者が拠点病院に殺到しないように、東京都では避難所のなかから医療救護所を指定しています。

震災時には住民や地元医師会が協働して、ここに傷病者を搬送してトリアージ(傷病度の選別)を行い、重傷者のみ拠点病院へ搬送する計画となっています。

従って、市区町村もこれに応じた地域防災計画をたてていますが、この仕組みも住民向けであり、都心部の昼間人口は対象外となっています。

現状では寝る場所の対策はあるのですが、働き・遊ぶ場所の対策が抜けているのです。

企業は訪問客を含めて自分で対策を行えということなのですが、高い法人税はどこに消えているのでしょうか?

国や自治体に、もっと昼間人口対策を進めるように声高に主張すべきです。 一方、企業としてのさらなる自助努力に加え、地域連携による共助の取り組みも非常に重要になります。

新宿駅周辺地域での取り組み:帰宅困難者と傷病者への対応

大規模ターミナル駅の周辺地域における地域連携による震災対策の例として、新宿駅周辺地域の現状と取り組みを紹介します。

【図1】は新宿区の避難場所地図の駅周辺の拡大図参考文献 7)ですが、この地域の夜間人口は約2万人に対して昼間人口は約29万人と圧倒的です。

火災危険度は高くはないのですが、やはり図では一時避難場所である小中学校や広域避難場所である公園が強調されています。

ちなみに西口高層ビル街は延焼火災の危険がないとされる地区内残留地域に指定されています。

【図1】新宿駅周辺地域の防災マップ(新宿区・避難場所地図参考文献 7))に
医療救護所と拠点病院などを加筆

図には拠点病院と医療救護所の位置も追記していますが、医療救護所は地域住民のためにあるため、駅から1km以上も離れた住宅地にあります。

昼間に大規模震災が起きた場合、駅周辺では大勢の滞留者・帰宅困難者が発生するだけでなく、多数の傷病者の発生も予想されています。

従って、いまのままでは拠点病院に殺到して大混乱になるはずです。


このような問題に対応するため、新宿駅周辺地域では地域連携による取り組みを行っています。

まずは滞留者・帰宅困難者への対応ですが、新宿区は2002年に新宿区帰宅困難者対策推進協議会を設けて対策を検討していました。

実際に2005年千葉県北西部地震では、首都圏の鉄道がマヒし、実際に新宿駅などの大規模ターミナル駅は大混乱に陥りました。

そこで2006年の東京都被害想定では大規模ターミナル駅で想定される滞留者・帰宅困難者数を公表しました。

それによると新宿駅周辺地域では、約17万人の駅周辺滞留者と、約9万人の帰宅困難者という膨大な数になっています参考文献 6)

このため新宿区は駅周辺の事業者を中心として、2007年に新宿駅周辺滞留者対策訓練協議会を設け、東京都との協働により2008年1月には約1,000名が参加した全国で初となる大規模な滞留者対策訓練を実施しました。


その時の主な訓練内容は、大勢の駅前滞留者役の学生等を、地元の事業者により広域避難場所へと誘導し、そのうち要援護者を近くの受け入れ可能な建物に収容するというものでした。

同時に地域での情報共有を行うために西口と東口に現地本部も設立しましたが、その運営は外部のコンサルが行いました。

私も工学院大学のメンバーとして大勢の学生・教職員とともに、初めてこの取り組みに参加しました。

駅から大勢の滞留者が広域避難場所に移動するという視覚的に分かりやすい訓練でしたが、実際に誰がどうやって滞留者を移動させるのか、誰が現地本部を運営するのか、要援護者の受け入れ施設はどうするのか、など様々な課題が残りました。


その後も毎年、新宿駅周辺滞留者対策訓練協議会は訓練や報告会を実施し、内容も滞留者対策だけでなく、徐々に地域の特性に対応した震災対策へ取り組むようになりました。

地域連携は滞留者という他人だけでなく、自らの震災対策にも有効であると徐々に認識され、2009年には名称も新宿駅周辺防災対策協議会としました。

このなかで工学院大学は新宿区との協定により西口地域の震災時には現地本部となり、地域の防災担当者と連携して情報共有を行うことになっていまます。

さらに地元の防災担当者・施設管理者を対象として地域減災セミナーの主催をはじめ、多くのシンポジウムや講習会を開催し、さらには地域防災訓練では前回紹介した高層ビル内の発災対応型訓練を公開すると同時に、西口現地本部を中心とする情報共有訓練や、学生ボランティアによる様々な社会貢献訓練を実施しています参考文献 8)


最後に、多数の傷病者の発生を想定した2010年度の取り組みを紹介します。

まず協議会において高層ビル街の集中する西口地域では部会を設け、セミナーやシンポジウムを開催しました。

参加者は地震時における高層ビルの揺れや想定される被害を学び、さらには東京都や新宿区、新宿消防署、新宿医師会や拠点病院の医師などからは、昼間人口に対応していない都心部の震災時医療の現状などを理解しました。

また各ビルは互い震災への取り組みを紹介しあいながら、自助として負傷者を出さない対策や、共助として多数の傷病者が発生した場合、各ビル間だkでなく、地域と医療機関との連携の重要性も学びました。

次に日本赤十字社などの協力を頂き、震災時の傷病者に対する応急救護の講習会を開催しました。

そして最後に、10月には駅周辺に多数傷病者が発生したという想定で、大規模な地域防災訓練を実施しました(【写真3~8】)。

工学院大学は西口現地本部に加え、地域の応急救護所を開設し、地元クリニック・診療所の医療従事者(医師・看護師)と学生や地元事業者による災害ボランティアが連携した訓練を行いました。


この訓練では、まず各ビルで自助として防災訓練を行い、その後、多数の傷病者を応急救護所に運び込みました(前回報告)。

救護所では医療従事者の絶対数が不足すると考えられますので、診察時間の短縮を図るため、災害ボランティア(上級救命士などの資格を持つ工学院大学の学生やセミナーに参加した地元事業者など)が、傷病者にヒアリングを行って観察シートを記入しました。

これの情報などをもとに医療従事者はトリアージを行い、軽症(緑タグ),中等症(黄色タグ),重症(赤色タグ),死亡等(黒タグ)の選別を行いました(【写真3】)。

緑タグの傷病者役はすぐに解散しますが、黄色タグの傷病者には災害ボランティアによる応急救護訓練が行われ、赤色タグの傷病者は拠点病院への搬送訓練を行います(【写真4】)。

一方、西口現地本部では応急救護所と連携し、区の職員と地元事業者の防災担当者らにより公共交通や避難所の情報に加え、救護所や拠点病院での情報を集約し、重傷者の搬送先などの救護所への指示を行いました(【写真5】)。

一方、地域連携の有効性を示すため、大勢の災害ボランティアの学生が近隣の高層ビルや避難所に駆けつけて、救援救護や避難所設営などのボランティア活動訓練も実施しました(【写真6】)。

【写真3】地元医師と災害ボランティアの協働
によるトリアージ訓練
【写真4】上級救命士等の災害ボランティア
による応急救護訓練
【写真5】西口現地本部による情報共有訓練
 
【写真6】西口現地本部と地域応急救護所
による傷病者情報の集約訓練
【写真7】防災ボランティアによる地域連携訓練
(高層ビルの応急救護所への派遣)
【写真8】防災ボランティアによる
避難所設営訓練

この訓練は区や地域の事業者だけでなく、拠点病院や地域診療所・クリニックの医療従事者にも好評であり、大震災時では自らの命を守るためにも地域連携の重要性は大いに理解されたと思います。

但し、実際にこの仕組みが機能するには、救護所の運営のための役割や担当者をどうするのか、財政や制度面での裏付けはどうなのか、など多くの課題を残していました。 詳細は参考文献 9)をご覧ください。

そこで今年度(2011年度)にはさらに改善した計画と訓練を予定していましたが、そのような中で今回の震災を経験することになりました。

おわりに

次回の最終回では、2011年東日本大震災での経験と教訓をふまえ、まとめとして報告を行いたいと思います。

参考文献

1)
諸井孝文,武村雅之、関東地震(1923年9月1日)による被害要因別死者数の推定、第4巻、第4号、2004年
http://www.jaee.gr.jp/stack/submit-j/v04n04/040402_paper.pdf
2)
茅ヶ崎市、津波ハザードマップ
http://www.city.chigasaki.kanagawa.jp/bosai/tsunami/001999.html
3)
(社)日本火災学会、兵庫県南部地震における火災に関する調査報告書、1996年
4)
久田嘉章、村上正浩、座間信作、遠藤真、柴山明寛、市居嗣之、関沢愛、末松孝司、山田武志、野田五木樹、松井宏樹、久保智弘、大貝彰:地域住民と自治体の協働による発災対応力の向上と効率的な被害情報収集・共有のための防災訓練、日本地震工学会、日本地震工学会論文集 第9巻、第2号(特集号)、P130-147、2009
http://www.jaee.gr.jp/stack/submit-j/v09n02/090210_paper.pdf
5)
総務省・統計局、昼間人口
http://www.stat.go.jp/data/kokusei/2005/jutsu1/00/03.htm
6)
東京都、首都直下地震による東京の被害想定(最終報告)、平成18年
7)
新宿区、あなたのまちの避難場所・避難所、避難場所地図
http://www.city.shinjuku.lg.jp/anzen/file03_00022.html
8)
工学院大学、新都心の地域減災セミナー
http://www.kogakuin.ac.jp/bcp/index.html
9)
工学院大学・都市減災研究センター、工学院大学地震防災訓練報告書
http://www.ns.kogakuin.ac.jp/~wwgt024/houkokusyo