ホーム   東日本大震災を経験して / 源栄 正人    第3回:衝撃的な「学び舎」の被害
  • 第1回:大地震を振り返る~震災当日、初動調査、地震動と被害の情報発信
  • 第2回:観測された地震動と建物の耐震設計へのインパクト
  • 第3回:衝撃的な「学び舎」の被害
  • 第4回:特徴的な建物被害
  • 第5回:求められる都市・建築の総合的地震対策
  • 第6回:リアルタイム地震観測と地震防災対策
源栄 正人

(もとさか まさと
/ Masato Motosaka)
東北大学教授

 

東北大学/災害科学国際研究所

(東北大学大学院工学研究科、都市・建築学専攻 兼担)

 

< 略 歴 >

1952年茨城県生まれ。工学博士。東北大学大学院工学研究科建築学専攻修了。鹿島建設株式会社での研究と実務、東北大学大学院工学研究科助教授、教授を経て、現在、東北大学災害科学国際研究所教授(地震工学・地震防災)。

 

< 著 書 >

緊急地震速報―揺れる前にできること

宮城県沖地震の再来に備えよ

大地震と都市災害 (都市・建築防災シリーズ)

第3回
衝撃的な「学び舎」の被害

震災翌日の衝撃

東北大学工学部建築学科の卒業生にとっての学び舎の大破、3.11の東北地方太平洋沖地震で、セットバックした3階部分の4隅の柱の中脚部の大破を確認したのは、震災翌日の3月12日であった(【写真1】)。鉄骨の座屈、主筋の破断、破断面をみると錆が付いているものが複数ある。ショックであった。この建物は、1978年の宮城県沖地震で損傷を受けながらも何とか耐えることができ、恩師の志賀敏男先生が「よく耐えてくれたとなでてやりたいくらい嬉しかった」と仰った経緯がある建物である。建物内の地震観測記録と仙台市内の地震観測記録の分析により、被害の要因を科学的に分析し説明してきたことは意義があると思っている。建築学会の速報には、アキレス腱の切断という表現を用いた。3階床面の亀裂と柱の鉄骨の座屈状況から見て思ったのは、浮き上がり振動の可能性であった。どれくらいの地震力が作用したか、地震動と被害の関係の分析を行い、多くの学協会誌で報告してきた。この建物の竣工以来、解体までの振動計測による長期モニタリングのデータに基づく当該建物の動的特性1)とともに、3次元フレームモデルによるシミュレーション解析も論文としてまとめられている2)

【写真1】妻壁両端隅柱の柱脚部の被害状況

貴重な観測データが示す青葉山丘陵地の地震動増幅

なぜ、同じ青葉山にある宮城教育大学の建物が被害を受けていないのに、東北大学の工学部・理学部の耐震改修した建物が大きな被害を受けたのか。しかも、耐震工学の専門家のいる人間・環境系の建物が大破したことに対する説明が求められた。強震計の記録が得られていたのは、何故、耐震補強された建物が被害を受けたのかを説明するのに役立った。仙台駅前のSビルの地下で得られた観測記録と合わせて分析を始めた。仙台駅前の住友生命ビルの地下階は1978年宮城県沖地震の観測点でもあり、そのそこで得られた観測記録は、仙台市域の工学基盤の揺れとして位置づけられるものであった。同じ観測点で得られた3.11の揺れと1978年宮城県沖地震の揺れの比較を世界に向けて情報発信した。M9の継続時間の長さ、2つの大きな波群は特徴的であり、大きさも1978年の地震を上回るものであった。1.5秒以下の成分は、南北方向が大きくそれ以上の成分は東西方向が大きかったことなど。そして、何と言っても、【図1】に示す観測記録の応答スペクトルから分かるように、青葉山丘陵地は、東日本大震災でも1978年の宮城県沖地震の時と同じように、最大加速度は仙台駅前とそれほど違わないが、1秒の周期成分が2倍に増幅されていた。ちなみに、東日本大震災では、仙台駅前318ガル、青葉山は333ガル、1978年宮城県沖地震では、仙台駅前250ガル、青葉山258ガルであった。

【図1】青葉山と仙台駅前の速度応答スペクトルの比較
(左:2011年東北地方太平洋沖地震、右:1978年宮城県沖地震)
(南北方向)

地面の揺れに建物が共振

地震時挙動の分析では、研究棟の1階と9階で建築研究所の強震計による貴重な観測記録が得られた。【図2】に観測波形を示す。記録の回収は、自ら決死の覚悟で9階まであがり、フラッシュメモリー持ち帰り、東京から来ていた調査員を通じてつくばの建築研究所の鹿嶋さんに届けてもらった。研究室独自の連続観測網も1階、5階、9階に設置してあったが、最初の大きな揺れのときに、記憶容量の大きいハードが書き込みを停止してしまった。ハードディスクの固定問題には配慮したつもりが、維持管理の甘さを突かれた。

東北地方太平洋沖地震では、1階の南北方向の揺れの最大値は333ガルであるのに対して1階では、908ガルで、最大加速度で3倍近く大きくなっていた。これに対し、東西方向は1階の330ガルに対し9階では728ガルであった。1978年宮城県沖地震では、南北方向は1階の258ガルに対し9階では、1,040ガルと4倍に増幅していた。【図3】には、1階と9階の応答スペクトルを東日本大震災の場合と1978年宮城県沖地震の場合を比較して示してある。1秒付近の周期成分に建物が共振して、大きくなったことが分かる。また、東北地方太平洋沖地震では、1978年宮城県沖地震のときよる周期が伸びていることが分かる。

8~9階建てSRC造建物は、青葉山丘陵地で周期1秒付近の成分が2倍に増幅した地震動に共振したことが原因であるとの文部科学省への報告書をまとめたのもつい先日のように思い出す。

【図2】2011年東北地方太平洋沖地震における人間・環境系研究棟の強震観測記録

【図3】2011年東北地方太平洋沖地震と1978年宮城県沖地震の速度応答スペクトルの比較(南北方向)

建物の地震時挙動の分析と3次元振動台での揺れの再現

筆者らは、当該建物の地震時挙動の分析として、①観測記録から得られる動的履歴特性、②長い継続時間の揺れに対する建物の振動特性(固有振動数と減衰定数)時系列変化、③浮き上がりを伴う建物の挙動の分析を行った1)

特に、浮き上がり振動に関しては、4つの隅柱の柱脚における大破の状況と両面妻壁の3階床位置での亀裂で、3階から上が浮き上がっていたのではないかと思い、過去に経験のある原子力発電所重要施設の浮き上がり振動解析が脳裏をかすめた。浮き上がりが生じた場合に9階の水平加速度波形と上下加速度波形にそれぞれ、奇数倍調成分と偶数倍調成分が見られるかを最大値発生時刻付近に着目した波形分析により確認した。

この分析に基づく実挙動も含め、9階の揺れの状況を一般の方に伝えるのは重要だ。メディアも注目してきた。9階の研究室の本棚の転倒状況とともに、当時、9階にいた学生の証言、そしてNTTファシリティーズの3次元振動台を利用した揺れの再現、これらは、NHKスペシャルのMEGAQUAKEという番組で全国放送された。

筆者が立ち会ったNTTファシリティーズ所有実験設備で加振の様子

巨大地震による長い継続時間の揺れで、本棚の固定治具の抜け出しも映像で表現された。石坂先生の研究室の大学院生3人の学生の証言へのインタビューを思い出す。「2つめの大きな揺れのときにジェットコースターに乗っているように感じた」ことや「一瞬、体が浮き上がったように感じた」との証言を思い出す。番組では、内海君が9階における地震時の揺れの様子を生々しく語った。

参考文献

1)
源栄正人、ツァンバ ツォグゲレル、吉田和史、三辻和弥、東北地方太平洋沖地震における被災建物の振幅依存特性の長期モニタリング、JAEE日本地震工学会論文集、Vol.12(2012)No.5,117-132、2012年11月
2)
Miao CAO, Masato MOTOSAKA, Tsoggerel TSAMBA and Kazushi YOSHIDA, SIMULATION ANALYSIS OF A DAMAGED 9-STORY SRC BUILDING DURING THE 2011 GREAT EAST JAPAN EARTHQUAKE, Journal of Japan Association for Earthquake Engineering, Vol.13,No.2 (Special Issue), 2013

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