ホーム   都市環境学で紐解く 地震と建築 / 福和 伸夫    第3回「地名に見る地盤の診断」
都市環境学で紐解く地震と建築
第1回 現代社会の足下を点検 第2回 地震が歴史を動かす 第3回 地名に見る地盤の診断 第4回 建物と地盤の相性 第5回 周期と減衰が揺れを司る 第6回 伝え率先し耐震化促す
福和 伸夫

  プロフィール
(ふくわ のぶお
    / FUKUWA Nobuo)
名古屋大学大学院 環境学研究科
都市環境学専攻建築学系
環境・安全マネジメント講座 教授

福和伸夫のホームページ: http://www.sharaku.nuac.na
goya-u.ac.jp/~fukuwa/

ぶるるのページ: http://www.sharaku.nuac.na
goya-u.ac.jp/laboFT/bururu/


<ブックマーク>
地震調査研究推進本部
内閣府防災情報のページ
内閣府「みんなで防災のページ」
総務省消防庁「防災・危機管理eカレッジ」

第3回 地名に見る地盤の診断

駅名から地形の特徴を見る① 中央線・総武線

私たちが普段最も良く用いる固有名詞は、地名と人名です。

自分の知っている地名や人名を思い浮かべてみてください。

山・川・海・浜・田・沼・谷など、地形に関わる漢字が良く使われていることに気がつきます。

中でも地名に入っている漢字は、その土地の特徴を表しているようにも思います。

そもそも、地名は、ある場所の呼称が多くの人々に共通認識されて定着してきたものです。

このため、その土地の特徴的な地形を表すことが多いようです。

また、地名は私たちの生活・地勢や歴史に密接に結びついたものですから、一般市民にとって身近な固有名詞でもあります。


私は、満員の山手線の中でたまたま路線図を見ていたときに、山手線・中央線・総武線の駅名が見事に地形の特徴を表していることにびっくりし、その後、趣味的に地名の勉強をするようになりました。


まずは、私が最初に興味を持った中央線についてみてみたいと思います。

ここでは、中央線・総武緩行線の駅名を示します。

立「川」から順に、国立、西国分寺、国分寺、武蔵小金「井」、東小金「井」、武蔵境、三鷹、吉祥寺、西荻「窪」 、荻「窪」 、阿佐ケ「谷」 、高円寺 、中「野」 、東中「野」 、大「久保」 、新宿 、代々木 、千駄ケ「谷」 、信濃町 、四ツ「谷」 、市ケ「谷」 、飯「田橋」 、「水道橋」 、御茶ノ「水」 、秋葉「原」 、浅草「橋」駅、両国 、錦糸町 、亀「戸」 、平「井」 、新小岩 、小岩、市「川」、本八幡、下総中山、西「船橋」、「船橋」、東「船橋」、「津田沼」、幕張本郷、幕張、新検見「川」、「稲」毛、西千葉、千葉、となります。


見事に、クボ(久保・窪)、谷、橋、水、野、田、原、井、川、沼、船、稲などの漢字が続いています。 神田以西の線路は、線路敷設の容易さからか、武蔵野台地の中を刻む谷に沿って走っています。

このため、東京西部では、住宅地は丘の上、駅は谷底になっている場合が多いようです。

一方、秋葉原以東は沖積低地の上を走っています。 デジタル標高図(国土地理院)とJRの路線をGoogleEarth上で重ねてみるとこのことが良く分かります(図1、図2左)。

秋葉原以西の駅名には谷・クボ(久保・窪)、橋の漢字が多く含まれているのに対して、秋葉原以東の駅名には、橋・船・井・津・稲・川などと言った漢字が多く使われていることで、この特徴を良く表しています。


私は、これらの駅名の中で、「津田沼」という名前が気に入っています。

谷津村、久々田村、鷺沼村を三村合併させた時に、災害危険度の高い漢字だけを組み合わせたようです。

地名を介して災害危険度を後世に伝えようとした先人の知恵を学ぶことができます。

西東京というような不可思議な地名を名付ける現代人と比べてみると先人の偉さが良く分かります。

シーサイド○○、リバーサイド○○、レークサイド○○といった名前のマンションが人気の今の時代は、ちょっと具合が悪いように思います。

こういった名前のマンションが建つ地盤は軟弱な地盤であることが想像され、○○ヒルズといったマンションと比べると揺れの強さが随分大きくなることが懸念されます。

駅名から地形の特徴を見る② 山手線

さて、山手線についても見てみたいと思います。

八重「洲」にある東京を出発すると、お隣は茶人・織田有楽斎にちなんだ有楽町、その後は、新「橋」、「浜」松町、「田」町、品「川」、大「崎」、五反「田」、目黒、恵比「寿」、渋「谷」、「原」宿、代々木、新宿、新大「久保」、高「田」馬場、目白、「池」袋、大「塚」、巣「鴨」、駒込、「田」端、西日暮里、日暮里、鶯「谷」、上「野」、御徒町、秋葉「原」、神「田」、と続きます。


原地形を彷彿とさせる名前の駅が沢山ありそうです。

デジタル標高図(図1)を見ると、田端から上野にかけては武蔵野台地の東縁の崖に沿って走っていて、御徒町から秋葉原にかけては上野台と本郷台の間の谷筋の開口部に当たっています。

その後、東京駅から新橋にかけてはかつての神田川の河口で日比谷の入り江になっていたところの東端を走っているようです。

図1

新橋~品川間は、わが国で最初に敷設された区間ですが、鉄道敷設時には海岸線だったようで、海岸線に沿って海上に建設されたようです(図2右、江戸明治東京重ね地図、丸善、1856年の地図)。

列車が蒸気機関車だった時代、人間の足を頼りに移動をしていた当時の人々は、火と煙を吐く黒い巨体を嫌って、町の外れに鉄道を追いやったのではないかと想像されます。

新橋~品川間の駅名には、橋、浜、田、川と続き、東海道線の品川の次は大「井」町と、水に関わる名前が連続しています。

図2

ちなみに、東海道線の東京駅、名古屋駅、大阪駅は、それぞれ八重洲、泥江、梅田(埋田)という地名の場所の近くです。

今、交通至便なこれらの駅の周辺に高層ビルが林立しているのを見たら、明治の人たちはさぞかしビックリすることでしょう。

東京の中心部は、日比谷、四谷、渋谷、世田谷、永田、神田、日本橋、京橋、新橋と、何れも自然災害に弱そうな名前ばかりです。

これらの場所は、関東地震のときに強く揺れた場所にも一致します(武村雅之:関東大震災─大東京圏の揺れを知る、鹿島出版会、図2中)。

安政江戸地震の直後に広重が描いた名所江戸百景中から日本橋・日比谷・虎ノ門の浮世絵を、東海道五十三次から品川の浮世絵を選び出して、図3に示してあります。

図2右に示した江戸末期の地図から想像されるように、水面が広がる風景になっています。

現在では、これらの地域は大規模に地形改変され巨大な建物が林立しています。

経済至上主義で最低基準である建築基準法にギリギリの建物を作っていたとしたら具合が悪いことが良く分かります。

図3

さて、話が脇道にそれてしまいましたので、再び、山手線に戻りましょう。

品川~五反田は、目黒台と淀橋台の間を流れる目黒川沿いの谷部を進みます。

そして台地を堀割で走って目黒駅を抜け、渋谷川が流れる谷に至り、谷沿いに恵比寿~原宿を走ります。

そして再び淀橋台に上がり最高地点・新宿を抜けて高田馬場に至ります。

高田馬場~目白間は神田川が流れる谷部に当たり、淀橋台と豊島台を境にしています。

そして目白から大塚まで豊島台の上を走ります。

大塚は、豊島台と本郷台の間の谷部になり、再び本郷台を走って駒込に至ります。

駒込は本郷台と上野台の間の谷に面した位置にあります。

そして再び上野台を走って武蔵野台地の端・田端に至ります。

地名に隠された地盤の良否に関わる情報分析への試み

このように、駅名と周辺の地形の変化を見ながら山手線を一周すると、東京の地形の変化の大きさを実感することができます。

私も名古屋からはじめて上京したときに、東京の坂道の多さにびっくりした記憶がありますが、台地と低地、そして台地を刻む谷が高低差の大きな地形を生みだしています。

これが、東京の景観の楽しさなのかも知れません。

いずれにせよ、ここまでの説明で、地名と原地形との間に何らかの相関がありそうだと感じていただけたと思います。

耐震設計で最も重要となる地盤の良否に関わる重要な情報が地名に隠されていると考えれば、発注者との耐震性能目標の議論の中で、地名を活用することが思い浮かびます。

私自身の経験でも、地名を介して地盤の良否やハザードの大小を解説すると納得してくれる方が多いと実感しています。


そこで、地名と地盤の良否の関係を詳しく分析してみました(河合真梨子他:地震ハザードの説明力向上のための地名活用に関する研究―地形に由来する分類方法の提案と活用可能性の検討―、日本建築学会構造系論文集、No.636、2009.2掲載予定)。

図4は、東京・大阪・名古屋の土地条件図とバス停から推定される地盤の良否を対比して示しています(茶色が良質な地盤、青丸が良好地盤名のバス停、赤丸が軟弱地盤名のバス停)。

バス停の名称を用いた理由は、バス停が高密度に分布し、通称名称が使われる場合が多く、改名されにくいと考えたからです。

バス停は三大都市圏では概ね500m四方に一つくらいの密度であります。

地盤の良否については、試行錯誤の末、表1を基に分類しています。

2文字以上が含まれている場合には後ろの文字を優先して分類をしています。

図を見ると、沖積低地や河川沿いに沿って軟弱地盤地名のバス停が存在している様子が明瞭に分かります。

図4
表1

そこで、東京を対象に、バス停名の良否(緑丸と赤丸)を、デジタル標高図、関東地震の震度分布図、江戸末期の地図の上に記してみました。

標高、震度、地名の対応の様子を見て取ることができます。


ことのついでに、図5に、東証一部上場会社の本社のある位置を、三大都市圏で比較をしてみました。

日比谷の入り江から江東デルタ地帯にまちを広げた東京、大阪湾と河内湖を埋めて広がった大阪、熱田台地の西の海を干拓・埋め立てた名古屋の特徴が良く分かります。

ビジネス拠点の地盤条件は、大阪が最も悪く、東京、名古屋と良くなっているようです。

皆さんも、まち歩きをするときに地名の由来を考えながら散策すると、ウォーキングの楽しさも倍増するのではないかと思います。

図5 ※左から東京、大阪、名古屋

地震、地盤とお話をしてきましたので、次回は、建物にもう少し近づきたいと思います。

来月は「建物と地盤の相性」についてお話をしたいと思います。

2009年1月