ホーム   東日本大震災を経験して / 源栄 正人    第6回:リアルタイム地震観測と地震防災対策
  • 第1回:大地震を振り返る~震災当日、初動調査、地震動と被害の情報発信
  • 第2回:観測された地震動と建物の耐震設計へのインパクト
  • 第3回:衝撃的な「学び舎」の被害
  • 第4回:特徴的な建物被害
  • 第5回:求められる都市・建築の総合的地震対策
  • 第6回:リアルタイム地震観測と地震防災対策
源栄 正人

(もとさか まさと
/ Masato Motosaka)
東北大学教授

 

東北大学/災害科学国際研究所

(東北大学大学院工学研究科、都市・建築学専攻 兼担)

 

< 略 歴 >

1952年茨城県生まれ。工学博士。東北大学大学院工学研究科建築学専攻修了。鹿島建設株式会社での研究と実務、東北大学大学院工学研究科助教授、教授を経て、現在、東北大学災害科学国際研究所教授(地震工学・地震防災)。

 

< 著 書 >

緊急地震速報―揺れる前にできること

宮城県沖地震の再来に備えよ

大地震と都市災害 (都市・建築防災シリーズ)

第6回
リアルタイム地震観測と地震防災対策

実験・観測と理論・解析の対応の必要性

東日本大震災は、多くの観測記録が得られた初めての巨大地震である。観測データが示す実大実験と理論解析の対応を検証することの重要性を改めて痛感している。1978年宮城県沖地震の直後に、恩師の志賀先生と酒を飲みながらの「地震工学の梯子」の話1)を思い出す。地震は断層破壊に始まって、地震波が基盤に到達し、堆積層により増幅して地表に達する。建物と地盤の相互作用を介して建物に入力、建物の応答、機器・配管系の応答、これが地震波の流れである。この流れに沿って実験・観測と理論・解析を各段階で突き合わせる。地震波は地盤を介して建物に入ってくる。雨のように空から降ってくるのではない。東日本大震災の観測データは敷地の地盤構造の影響を受けることを示している。筆者らが仙台市内に面的に展開した地震観測網は、耐震対策・地震対策にマイクロゾーニングの必要性を示している。

筆者は、震源から構造物まで、それも建物の躯体ばかりでなく非構造・設備の応答まで、実験観測と理論解析を研究と実務で経験している。学問が細分化した現在、横断的な経験を積むことができたのは、今は亡き武藤清先生・小堀鐸二先生、恩師の志賀敏男先生をはじめ多くの先輩方のお陰である。

また、実験・観測と解析・理論の対応で重要なのはモデル化論である。日本建築学会出版(1986年)の「建築構造力学の最近の発展」の第一章2)は印象的である。執筆されたのは日置興一郎先生である。先生がまとめられた図は今でも忘れられない。モデル化により拾われる現象、捨て去られる現象の把握、およびモデルで表現できる上限と下限を念頭に置く必要がある。

地震工学・地震学の分野では、観測データに基づく地盤構造や建築・構造物のシステム同定に基づく揺れの予測の高精度化が求められるとともに、必ずしも信頼性の高くないモデルによる「予測」ではなく、観測と解析の調和連動により状況の変化に対応する「ナビゲーション」が必要であることを指摘したい。

大揺れの前に警報を出す技術~早期地震警報システムの歴史

リアルタイム地震観測に基づく防災技術として早期地震警報がある。大揺れの前に警報を出し、地震被害の低減に役立てるシステムの原理を理解するには、震源から出る地震波にP波とS波があり、伝播速度の違いを理解する必要がある。P波は毎秒6~8km進み、S波は毎秒3~4km進む。P波は情報を運び、S波はエネルギーを運ぶといわれている(【図1】参照)。気象庁が発表する緊急地震速報は、日本全国に設置された気象庁と防災科学技術研究所の地震観測網で捕らえた震源に近い観測点のP波情報が東京の気象庁に送られ、震源の位置と地震の規模を示すマグニチュードが決定される。テレビ・ラジオなどの公共放送による一般向けの緊急地震速報は、地震が発生し、揺れの大きさを示す震度が5弱以上と推定される場所がある場合に震央の位置と県単位での震度情報が放送される。また、専用受信機を所有しているユーザーには気象庁から震源の位置情報とマグニチュードが送られ、専用受信機が設置地点の予測震度とS波到達までの余裕時間を計算し、画像情報や音声情報として伝達される。余裕時間は震源距離が大きいほど長くなる。

【図1】緊急地震速報の原理と余裕時間

地震波の速度よりも電気信号が早いことに着目して大揺れの前に警報を出すという早期地震警報の考え方は、今から140年も遡る1868年に米国のクーパー博士により発表されている。日本は明治維新の時期にあたる。また、明治期、1880年の日本地震学会設立に貢献された地震計開発の先駆者でもあるジョン・ミルンは、地震観測の重要性を指摘するとともに、観測に基づく地震研究の知見と電信の技術を用いた早期地震警報や遠地津波警報についての萌芽的アイディアを述べている。観測による現象解釈ばかりでなく、防災技術としての利活用の必要性を示したものであり、我が国におけるリアルタイムモニタリングシステムの歴史の原点といえる。その後、約一世紀を経て実用化の研究がはじまった。地震観測技術と電気通信技術の進歩が背景にある。米国で1980年代からカリフォルニア州を中心に各種の研究が進み、代表的なものに1990年に金森博雄博士を中心にカリフォルニア工科大学と米国地質調査所で開発されたCUBEがある。日本においても伯野元彦先生がいち早くリアルタイム地震の考えを示している。実用化されたシステムとしてJRのユレダス(UrEDAS)がある。

様々な分野における緊急地震速報の利活用~報知系と制御系

緊急地震速報の利活用は様々な分野で行われているが、人間の避難行動を促す報知系の利活用と機械制御による制御系の利活用、それぞれについて、今後の普及展開において重要なこと、さらには将来の地震早期警報システムについて考えてみよう。

報知系の利活用で重要なことは、対象が特定か不特定か、および訓練をし易いかし難いかの環境条件に応じた対応である。訓練された人員(社員、従業員など施設管理側、学校の児童・生徒)、恒常的に接触している外来者(常連客、通院患者、特定できる住人など)、不特定多数(初めての外来者、放送視聴者)と立場による違いを考慮する必要がある。また、緊急地震速報を理解している成人、理解していない成人、理解することが難しい園児や幼児、災害時要援護者など、周知・訓練による効果の違いも考慮する必要がある。いずれの環境においても理解と訓練が必要である。

一方、工場の生産ラインの制御など制御系の対応では、生産ラインを停止することによる稼動損が問題となる。施設の耐震健全性、従業員の安全性確保も含め事業継続計画(BCP)の一環として利活用を考えていく必要がある。緊急地震速報の弱点の一つに、直下型地震など震源距離の短い地点や、海洋型の地震でも沿岸部での活用には限界がある。筆者がシステム開発の指導に当ってきている大衡村の半導体工場における緊急地震速報の利活用システムでは、工場敷地内に設置した独自の地震計によるP波検知情報と緊急地震速報を併用することにより、直下型地震に対する適用性を高めている。

海外に目を向けると、リトアニアのイグナリナ原子力発電所では、発電所の周囲30kmの円周上にある6地点に地震計を配置し、大揺れまで、少しでも早く(4秒~8秒)システムの自動停止などの対応措置を取るためのシステムが開発されている。また、イタリアのアカデミー美術館の有名なミケランジェロのダヴィテ像は免震台の上に載せられおり、普段は固定されているが、地震時には固定装置が自動的に外され、地震時に損傷を受けることがないような工夫がなされている。これらは、独自の早期警報システムであり、気象庁の緊急地震速報システムのような国レベルの警報システムを構築する費用とは比較にならないぐらい低コストで実現できる。

東日本大震災における早期地震警報の利活用事例

ここでは、筆者が直接かかわってきている小・中・高等学校における利活用と東北大学における利活用の実態について紹介する3)

~小・中・高等学校における緊急地震速報の利活用~

筆者らは、文部科学省の防災研究成果普及事業を契機に宮城県内の小中学校および宮城県教育委員会のネットワーク「みやぎSWAN」を介した緊急地震速報の配信による県立高校の利活用の実証試験を行う4)とともに、学校における緊急地震速報の利活用の社会基盤向上を目的とした防災教育を実施してきている5)。2008年の岩手・宮城内陸地震では、実地震での緊急地震速報避難による初の成功例を報告してきている4)

東北地方太平洋沖地震発生の際には、仙台市では、S波到来の14秒~15秒前に自動放送がなされ、児童・教職員が大揺れの前に避難行動をとっている。仙台西高でも「みやぎSWAN」経由で14秒までに受信し警報がアナウンスされ、避難行動をとっている。大崎市では、古川第三小学校で17秒前、白石市では白石中学校で21秒前に緊急地震速報を受信、放送に連動アナウンスが流れた。仙台市立長町小学校では、6年生は体育館、2年生は下駄箱周りの掃除、3年生、4年生、5年生は机の下に避難した。下駄箱が転倒、また職員室の隣にある印刷室の大型金庫は3つとも倒れた。地震の揺れが始まり、1分ほどたって停電により放送が途切れた。その後、2分揺れ続けたが、机の下などに避難していたので助かった。下駄箱や大型金庫の転倒による人的被害が無かったのは緊急地震速報のお陰であると緊急地震速報のありがたみを痛感したとのお言葉をいただいた。

これらの学校での利活用について「教室の窓」の座談会6)で報告し、学校への導入を進言した経緯があり、文科省における予算措置がなされた。

~東北大学における学内LANを利用した即時地震防災システム~

東北大学では、宮城県沖地震を対象とした地震対策基盤プロジェクトを2007年度に立ち上げ、学内のハード・ソフトの点検を行うとともに、地震対策の一つとして、学内LANを利用した緊急地震速報の受配信システムとこれに連動した安否確認システムを構築していた。2011年3月11日の時点で5キャンパスの16事務室系統に緊急地震速報の自動放送システムが整備されていた。学内LANのサーバで受信した緊急地震速報と連動して、予め登録しておいたメーリングリストに送られるメッセージに答えることにより安否確認を行うシステムを平成21年度に導入し、平成22年度と23年度で全教職員(約25,000名)を登録する計画を進めていた。3月11日の大震災の時点では、約8,000名の教職員がこの安否確認システムに登録してあった。大震災でこの安否確認システムは大いに役に立った。

学内LANを介して緊急地震速報は各キャンパスの事務室に設置してある受信機に配信されたが、自動放送のための設定により、警報アナウンスが流れた部局と流れなかった部局が存在した。各事務室に設置してある専用受信機は拡張機能が異なるA社製のものとB社製のもの2種類があったが、自動放送の有無を分けたのは、自動放送連動を行う予測震度の閾値とその閾値を気象庁からの出される第1報だけで判定しているか、それとも第2報以降でも閾値を超えた場合に自動放送を行うことができるかいう設定の問題であった。青葉山の工学部キャンパスの8事務室に設置した受信装置は、震度3以上の閾値で、第2報以降でも閾値を超えた場合には発報される設定になっていた。これに対し、閾値設定が震度4で、判定を第一報のみで行う設定であった受信装置からは自動放送されなかった。ちなみに、工学部キャンパスでは、第3報に対しても予測震度が2.8であり、第1報のみの自動放送設定だったとしたら警報は流れなかったことになる。今回のように、マグニチュードが小さく見積もられる地震に対しては特に、自動放送を行うための設定確認の重要性など、システム運用上の教訓を得た。

東日本大震災の経験を踏まえた早期地震警報システムの課題

マグニチュード9.0という今回の巨大地震の経験により、緊急地震速報・早期地震警報システムの課題として、以下の点が問題となった。

  1. ひとたび警報が出されると、「強い揺れに注意してください」と言うのみで、その後の速報で地震の規模が引き続き成長している状況は放送されない。巨大地震が発生した場合の状況が伝えられなかった。
  2. 今回の地震では、緊急地震速報が「揺れない警報」(誤報)を何度も出したが、これは余震が数多く続くなかで離れた2つの観測点で発生した別の地震を同時に検知し、一つの大きな地震と誤って警報を出したことによる。ほとんどの場合は、その1~数秒後には正しい地震の情報に修正されて出されているが、一度警報が出された後は、そのような修正された情報は伝えられていない。情報は出ているのに情報を伝える側が後続の速報の生かした情報提供ができていない。
  3. 震源域が広く、破壊伝播速度が遅かったのでP波の成長に時間がかかった。そのためMは過小評価。
  4. 点震源としての震源特性表現には限界がある。関東では距離が遠く評価され、予測震度は過小評価となった。
  5. P波を用いたオンサイト速報のこの地震では、P波の初動の振幅が小さく、予測震度は過小評価。巨大地震は、連続して起こる大地震の組み合わせ、大きな地震のP波が前のS波に隠れてしまう。
  6. 警報システムの運用上の課題として、自動放送との連動した専用受信装置の場合、閾値の設定と放送判定により、揺れが大きくなっても放送が流れない場合がありうる。

早期地震警報システムの今後の発展に向けて

東日本大震災では、上述のように巨大地震に対する震源決定の難しさと点震源情報を用いた予測式に基づく地震動予測では精度の面で課題が残されているのは事実である。また、一括集中型のシステムだけへの依存は冗長性や即時性の面で問題がないわけではない。直下型地震への対応にも限界があり、これを補うものとして敷地地震計との併用による活用が半導体工場のシステムなどで実用化されている7)

早期地震警報のための地震動予測精度の更なる向上のためには、向かってきている波形情報を前線で捉えこれを有効に利用することを提案してきている8),9)。この考え方に沿って、震源から向かってきている地震波の波動場をリアルタイムで把握することにより地震動予測精度を高めることも提案されている10),11)。地震の起こった方向の前線の波形情報と、過去の地震における前線と評価点の揺れの関係を組み合わせて用いることにより予測精度を高めることができよう。

また、地震時の揺れは、単に「震度」だけで論じられるものではない。場所によって揺れの周期成分が異なり、5階建てのビル、10建てのビル、20階建ての高層マンションでは、それぞれ揺れ方が違う。建築・土木構造物に制震・免震技術の適用が広がる現代社会において、これらの技術との融合による緊急地震速報の高度利用が考えられる。そのためには、気象庁の緊急地震速報とともに、伝播経路の途中の観測点における波形情報の有効活用により、各地点で予測される揺れのスペクトル情報や波形情報など、より高精度な即時地震情報を作り出すことによる高度利用が可能となる。揺れを先読みし、制する技術であるアクティブ・セミアクティブ制震技術との架け橋になることが期待される。

以上のような背景から、筆者らは、構造ヘルスモニタリング機能を有するリアルタイム地震防災システムを構築してきている12)。これまでに、微動から強震までリアルタイム観測可能なシステムの地域展開として公共建物を中心に16箇所に設置(13箇所は建物内3点観測:9ch+GPS)13)するとともに、モンゴル国への海外展開(2箇所は公共建物内3点観測、5箇所は単点観測)を行ってきている。これらについて米国地震学会での招待講演13)など国内外で招待講演を行うとともに、長期モニタリング観測データとしての建物の振動特性(構造種別ごとの振幅依存性や季節変化による温度依存性など)の分析結果の情報発信も行ってきている。観測情報のリアルタイム化による防災対策への直接利用や観測データを活用したシステム同定によるモデル化の精度の向上が学問の進歩をもたらし、社会貢献につながることを目指した活動の展開を行っている。冒頭にも述べたように、実験・観測と理論・解析の対応によるナビゲーションに向けた活動を目指している。

【図2】地域版早期地震警報/構造ヘルスモニタリングシステム構成

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参考文献

1)
源栄正人、東日本大震災を体験して思う地盤震動研究の重要性、第39回地盤震動シンポジウム、特別講演、2011年11月
2)
日本建築学会、建築構造力学の最近の発展(第1章執筆担当:日置興一郎)、1986年
3)
源栄正人、柴山明寛、東北地方太平洋沖地震における緊急地震速報システムの利活用の実態―学校教育機関における活用事例-、第30回日本自然災害学会大会学術講演集、2011年
4)
M.Motosaka and M.Homma, Earthquake Early Warning System Application for School Disaster Prevention, Journal of Disaster Research, Vol.4 No.4, 229-236, 2009
5)
源栄正人、小学校での地震防災授業「大揺れの前に安全確保~揺れを知り、地震に備える!」、日本建築学会大会学術講演集、2010年9月
6)
戸田芳雄、相澤一博、佐藤浩樹、源栄正人、震災から1年 ―改めて災害と学校について考える―、東京書籍・教室の窓、vol.36、4-11、2012
7)
Fumitaka Honma and Fumio Ichikawa, Earthquake Early Warning Disaster Mitigation System for Protecting Semiconductor Plant in Japan, 14WCEE, CD-ROM, S05-03-019, 2008
8)
Serdar Kuyuk and Masato Motosaka, Real-Time Ground Motion Forecasting Using Front-Site Waveform Data Based on Artificial Neural Network, Journal of Disaster Research Vol.4, No.4, 261-266, 2009
9)
Yincheng YANG, MOTOSAKA Masato, Ground Motion Estimation Using Front Site Wave form Data Based on RVM for Earthquake Early Warning, Journal of Disaster Research,Vol.15, No.3, 667-677, 2015
10)
干場充之、波動場のリアルタイム把握による地震動予測、日本地震工学会大会梗概集、246-247、2011年
11)
館林大輔、源栄正人、同化手法を用いたスペクトル情報の即時予測、東北地域災害科学研究、第52巻、269-274、2016年3月
12)
源栄正人、本間 誠、セルダル・クユク、フランシスコ・アレシス、構造ヘルスモニタリングと緊急地震速報の連動による早期地震情報統合システムの開発、日本建築学会技術報告集 第14巻 第28号, 669-674, 2008年10月
13)
Motosaka M., Ohno S., Wang X., Mitsuji K., Development of Regional Earthquake Early Warning System with Structural Health Monitoring Function Toward Real-time Earthquake Information Navigation, 2015 annual Meeting of Seismological Society of America, 2015年 (米国地震学会年次大会)(招待講演)