ホーム   東日本大震災を経験して / 源栄 正人    第5回:求められる都市・建築の総合的地震対策
  • 第1回:大地震を振り返る~震災当日、初動調査、地震動と被害の情報発信
  • 第2回:観測された地震動と建物の耐震設計へのインパクト
  • 第3回:衝撃的な「学び舎」の被害
  • 第4回:特徴的な建物被害
  • 第5回:求められる都市・建築の総合的地震対策
  • 第6回:リアルタイム地震観測と地震防災対策
源栄 正人

(もとさか まさと
/ Masato Motosaka)
東北大学教授

 

東北大学/災害科学国際研究所

(東北大学大学院工学研究科、都市・建築学専攻 兼担)

 

< 略 歴 >

1952年茨城県生まれ。工学博士。東北大学大学院工学研究科建築学専攻修了。鹿島建設株式会社での研究と実務、東北大学大学院工学研究科助教授、教授を経て、現在、東北大学災害科学国際研究所教授(地震工学・地震防災)。

 

< 著 書 >

緊急地震速報―揺れる前にできること

宮城県沖地震の再来に備えよ

大地震と都市災害 (都市・建築防災シリーズ)

第5回
求められる都市・建築の総合的地震対策

先達の教え ― 1978年宮城県沖地震の教訓

筆者は、地震工学・耐震工学の研究に携わるとともに、宮城県や仙台市の地震被害想定調査業務や文部科学省の防災研究成果普及事業の推進など都市・建築の地震防災対策に深く関わってきている。この立場から、地震防災対策の重要な視点として、「過去に学び、現況を知り、次に備える」ことを指摘してきた1)

地域における過去の地震被害の教訓を振り返ることは重要であり、ここでは、1978年宮城県沖地震の教訓を振り返る。山本壮一郎・宮城県知事(当時)が一年後に行った総括講演2)、および、この地震の調査分析を行い我が国の耐震対策の向上に貢献した恩師・志賀敏男先生の教えを紹介する。

山本壮一郎知事(当時)は、総括講演の主な項目として、1)都市の近代化が地震の被害を拡大、2)情報の的確で迅速な提供が大事、3)個人個人の家庭の対応策の必要性、4)安全な空間を一箇所はつくれ、5)地質の再調査は防災体制の基本である(5年かけて「宮城県地震地盤図」作成)、6)地域コミュニティーの必要性、7)実態に合った地震保険の国への要請、を指摘し、最後に古代中国「荘子」の「機心なき耕夫の話」を引用し、便利になった社会において、自主性・創造性を失わずに、道具をうまく使いこなすことの重要性を示した。東日本大震災においても全く然りである。

志賀敏男先生は、災害調査では、壊れた建物と壊れなかった建物の「際」に着目することの重要性を指摘し、床面積に対する壁量と柱量で被害・無被害が説明でき、壁の威力を示し、「志賀マップ」を提唱した。これが、現行の既存建物の耐力評価や耐震診断法成立の契機となり、新耐震設計法の考え方に大きく影響を与えた。また、志賀先生は、地盤による被害状況の違いを示され、筆者は先生から「仙台市域のサイスミック・マイクロゾーニングを期待したい」との書簡をいただいた。今となっては先生の遺言と思っている。東日本大震災における仙台地域で面的に観測された地震記録に基づく地震動特性の分析は、サイスミック・マイクロゾーニングのための貴重な資料であり、地域の地盤特性を考慮した耐震設計への規制強化が望まれる(「第2回:観測された地震動と耐震設計へのインパクト」参照)。

細分化された現代社会 ― 「つなぎ目に弱点あり」

東日本大震災を一言で語るのは難しいが、敢えて簡潔に表現するならば、「細分化社会を襲った巨大地震」と表現できるのではないだろうか。学問の細分化、縦割り行政、進化した社会の弱点であるのは事実であろう。明治期に英国に留学し、進化に伴う社会の細分化によってやたら職業が増えているとして危惧したのは夏目漱石であり、「針で井戸は掘れない」(道楽と職業)と表現している。「防災の父」といわれる寺田寅彦は、文学上の師である漱石の影響を受けており、「人間社会の進化が分化につながり、一小部分の破壊が全体の破壊に成りかねないことを常に認識する必要があろう。この点、再生能力がある下等動物に学ぶものもあろう」(天災と国防)と指摘している。寅彦は「災害の原因を科学的に解明するだけでなく、後難をなくすための策を考える必要がある」(災難雑考)とも言っている。恩師・志賀敏男先生も、常々「防災対策の要点は弱点の把握とその解消である」と言われた。社会の進化・高度化とともに、地震防災対策に関わる技術の進歩もあるが、細分化によるつなぎ目に弱点があるのは最近の地震被害をみても指摘せざるを得ない。弱点も時代とともに変化することを常に認識しなければならない。

都市・建築の地震対策に関わる学問分野は、建築構造学の分野だけでも、RC造、S造、木造、地面から下は基礎構造と学問も細分化している。細分化を反映するかのように基礎構造と上部構造のバランスの悪さ、構造躯体と非構造・設備のバランスの悪さも東日本大震災で浮き彫りになった。

地面から上と下の耐震性能のバランスの必要性

建築の分野における基礎構造と上部構造の耐震性能のアンバランス、杭基礎の被害の実態からも明らかである(「第4回:特徴的な建物被害」参照)。1981年の建築基準法改正により上部構造は2段階設計がなされて来ているが、基礎構造は地下震度で規定した外力による許容応力度設計で終局耐力設計がなされていないことによる基礎構造の耐震性能は上部構造の耐震性能のアンバランスが被害に結び付いている。特に、表層地盤と建物-地盤系の卓越周期が一致し、共振現象を起こす場合には問題である。

地面から下の問題としてもう一つ指摘すべきものとして宅地被害がある。東日本大震災では、仙台市内を中心に甚大な宅地被害が生じた。9つの造成団地で5,000箇所以上の被害報告があり、仙台市太白区の団地(緑ヶ丘4丁目)は移転を余儀なくされている。

被害を受けた宅地の共通点として、1)谷埋め、2)高い地下水位があげられ、これに長い継続時間の地震動が作用し、繰り返して揺すられたことが宅地被害につながっていると説明されている。いくら頑強な住宅を建ても宅地崩壊により足元が救われては問題である(【写真1】参照)。筆者も仙台市宅地審議会の委員として、宅地の耐震性能とその上に建つ住宅の耐震性能の問題や、災害復旧・復興過程における建築と土木の連携の必要性を指摘している。

(a)仙台市青葉区折立団地 (b)仙台市青葉区西花苑団地
【写真1】宅地被害の事例

構造躯体と非構造・設備のバランスの必要性

東日本大震災では、東北大学では青葉山キャンパスを中心に大きな被害を受けたが(「第3回:衝撃的な学び舎の被害」参照)、被害は構造躯体ばかりでなく、高価な実験装置など室内備品にも巨額な被害(1億円以上30件、1千万円以上400件)をもたらした。本棚等の転倒被害要因として、転倒防止対策を行っていても固定治具が壁から抜け出してしまった事例があり、継続時間の長い揺れに対する固定治具の健全性の検証として画桟問題が浮き上がった。高額な実験装置の転倒対策が十分でなかったこと、高額な備品ほど固定し難いのが現状である。重要機器を対象にした被害の実態と対策に対する対応として、学内に教育研究機器転倒防止WGを設置し、被害状況と対策を取りまとめてきている3)

【写真2】実験機器の転倒被害

また、青葉山キャンパスで大破し解体された電子応用物理研究棟1号館(SRC造8階建)では建物躯体の被害ばかりでなく、ペントハウス部の被害(【写真3】参照)に伴い、エレベータが落下していることを指摘しておきたい。たまたま、落下したエレベータの中には誰も乗っていなかったために責任問題となっていないが、想定される首都圏での大地震や東海・東南海地震で予測される被害として対策を講じる必要があろう。地震警報の有効活用により、閉じ込めも含めた人的被害の低減も望まれる。

【写真3】屋上ペントハウスの被害

ところで、建物全体の総合的地震対策を考える場合、地震リスクに対する構造躯体・非構造・設備の影響度を把握する必要がある。構造躯体に対し強度型の耐震補強を行うことにより、非構造材や設備のリスクが高まり、建物全体としてのリスクが高まってしまうことがあり得る4)ことを指摘したい。また、地震リスク管理の面から総合的地震対策を考えると、補強によるリスクの低減ばかりでなく、保険によるリスク転嫁の問題も考えていく必要があろう。

さらに、東日本大震災を被災地で経験して感じていることがある。それは、事前対策(リスク管理)と災害時・復旧復興対策(危機管理)のミスマッチであり、震災対応時におけるドサクサを無くすための仕組みづくりが要検討であろう。事前対策に投資して被害を最小限に抑えたものが、損をする社会・組織であってはならない。

おわりに

東日本大震災という巨大地震を経験して改めて思うのは、分化する社会においてホリスティックな地震対策が求められることである。総合的地震対策の必要性を痛感している。そのためには、学問領域を超えた連携による「融合」の必要性であり、異なる要素技術の組み合わせにより新しいものを作り上げる「イノベーション」が求められている。弱点を補う自治体連携、国際連携による活動など、「連携」と「協働」が求められる。

また、サイエンスとエンジニアリングの関係やアートとデザインの関係を考えるのも大切である。デザインがアーティスティックなセンスにより相手の要求に答えるのと同様に、エンジニアリングはサイエンスに基づき社会の要求に答える必要がある。何のために活動しているのかを考える必要がある。また、新しいアイディアは「科学と芸術の融合」にあり、レオナルド・ダ・ビンチ、寺田寅彦に憧れるのは当然かもしれない。

参考文献

1)
源栄正人、1978年宮城県沖地震30周年を契機に~過去に学び、現況を知り、次に備える~、自然災害科学、第27巻、第2号、175-187、2008年
2)
山本壮一郎、宮城県沖地震の教訓、内外情勢調査会、1979年
3)
東北大学、東北大学研究教育機器転倒防止ガイドライン(実験機器用ガイドライン)、2014年
4)
清水友香子、源栄正人、石田寛、地震リスクに対する構造・非構造・設備の影響度に着目した建築物の耐震性能評価、日本建築学会構造系論文集、Vol.77、No.672、pp.177-186、2012年

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