• 第1回 変位制御設計の大切さ
  • 第2回 免震建物に用いる新しいダンパーの開発と適用
  • 第3回 同調粘性マスダンパーのしくみと有用性
  • 第4回 同調粘性マスダンパーを適用した高層建物の紹介
  • 第5回 細長い超高層建物・構造物への同調粘性マスダンパーの適用
  • 第6回 大質量型回転慣性質量ダンパーの開発と適用に関する検討
井上 範夫

(いのうえ のりお
/ Norio Inoue)

東北大学名誉教授


<略歴> 1970年 東京大学工学部建築学科卒業
1970年 鹿島建設武藤研究室
1986年 鹿島建設技術研究所
1993年 東北大学工学部建築学科助教授
1999年 東北大学大学院工学研究科教授
2011年 秋田県立大学客員教授
2012年 東北大学名誉教授
2015年 広州大学客員教授
2015年 日本建築学会著作賞


<主な著書> 建築物の変位制御設計 - 地震に対する免震・長周期建物の設計法(丸善)
― 2015年日本建築学会著作賞
ヴィジュアル版建築入門書第Ⅲ巻建築の構造(彰国社)
耐震構造の設計 – 学びやすい構造設計 -(日本建築学会関東支部)
性能規定型耐震設計 現状と課題(鹿島出版会)

第1回 変位制御設計の大切さ

はじめに

日本の耐震設計は、当初は剛な建物を対象に力の設計が行われ、加速度が重要な指標でありましたが、高層建物が設計されるようになると、構造物の塑性に期待する靭性設計が行われてエネルギーを評価することになり、速度が重要な指標となってきました。この設計は、部材の損傷を許容される値以内に納めることを目標としますので、「損傷を制御する設計法」と言えます。しかし、近年、多く建設されるようになった免震建物や超高層建物など周期の長い構造物においては、巨大地震により過大な応答変位が生じるため、免震建物では擁壁との衝突が、超高層建物では、構造体には損傷が生じなくても、変位により間仕切り壁やエレベータなどの2次部材に大きな損傷が生じ、建物の機能が失われてしまうことが危惧されています。この変位を抑制することは重要であり、変位を対象とする設計を、ここでは「変位制御設計」と呼ぶことにします。この応答変位を抑制するためには、免震や制振技術が積極的に開発されており、この技術を議論する場合には、両者の地震への抵抗機構が異なっているので、別々に扱うことが一般的です。しかし、巨大地震の長周期成分により生じる過大な応答変位を抑制することを主眼とする観点に立てば、両者とも1次モードで概ね検討できるので、本論では統一的に議論しようと思います。

免震建物と制振建物へのダンパー設置の考え方の相違

免震建物も超高層建物も、応答変位は建物の1次モードに起因しているので、1質点系モデルの応答を検討すればよいことになるとはいっても、両者の地震に対する抵抗機構が異なっているので、ダンパー設計は違った観点から考える必要があります。

免震建物では、免震層の応答変位が擁壁とのクリアランスを超えれば擁壁と衝突し、上部構造に大きな加速度が生じてしまいます。一方、免震ではない一般的な建物においては、各部材に余裕のある靭性が付与されているので、たとえ地震入力が想定以上に大きくても、建物全体の応答塑性率が多少大きくなるだけで、人命を確保するというクライテリアは、ある程度満足できるものと思われます。ですが、免震構造の基本となる積層ゴムは工業製品であって精度が高く、設計におけるばらつきを考慮したとしても、地震入力が想定以上に大きくなれば、そのまま免震層変位が過大になり、擁壁と衝突してしまいます。筆者は、もともと鉄筋コンクリート構造が専門で、RC骨組みの靭性設計について研究していましたので、免震構造の特殊性に大いに驚き、免震層の変位に対する検討の重要性に注目せざるを得なくなりました。

免震層の応答変位を抑制するためには、大きな減衰定数を持つダンパーを設置することが有効です。幸い、免震建物は、上部構造が相対的に剛な特性を持っており、免震層でほとんどの変位が生じるので、大きな減衰定数となるダンパーを免震層に効果的に設置することが可能です。しかし、過大な減衰を与えると、一般的な粘性系のオイルダンパーでは、振動数に比例して減衰定数が大きくなり、上部構造に大きな加速度が生じてしまい、せっかくの免震効果がなくなってしまいます。

この問題は、免震層に複素減衰の特性を持つダンパーを設置することにより解決できます。複素減衰の考え方は、原子炉建屋の耐震設計を行う時、地盤や地盤建物相互作用の振動解析に必須な技術であり、振動数に依存せず、すべての次数のモードに対して同一の減衰定数を与えることができます。この方法は、筆者が建設会社で原子炉建屋の耐震設計を担当した時の経験から思いついたものです。しかし、複素減衰を用いようとする場合、対象とする地震動が最後まで分かっていれば、フーリエ分解してすべての次数を検討して一定の減衰定数を与えることができますが、実際の地震では、現在より先にどんな地震動が来るかわからないので、過去・現在の情報から今のシステムを決定することとなる「因果律」を満たすことができません。そのため、複素減衰の特性を表すダンパーを製作することは不可能です。ですが、発想を変えて、複素減衰の大切な特性の一部だけ模擬することにすれば、実現可能です。その例として、「性能可変オイルダンパー」と「減衰指定型ダンパー」について、第2回で述べます。

一方、制振建物でも応答変位を抑制するためには、できるだけ大きな減衰定数を持つダンパーを設置することが望ましいですが、設置した階の層間値に対して効果を発揮するため、高次モードに対して過大な減衰を与えるほどのダンパー量を設置するのは、設置個所やコストの観点から困難なばかりでなくかえって応答の劣化を招く可能性があります。そのため、制振の場合は、より効果的なダンパーを開発し、適切な方法で設置することが望まれます。本論では、効果的なダンパーとして、動的効果でダンパー変位を拡大してダンパーの効果を高める「同調粘性マスダンパー」について、第3回以降に述べます。

免震建物への複素減衰適用の考え方

一般的なオイルダンパーと複素減衰を模擬したダンパーそれぞれを用いた1質点系モデルを【図1.1】に、複素剛性の特性を【図1.2】に示します。ここでは、積層ゴムのばねを表す実部の剛性$\scriptsize k$と、減衰を表す虚部のばね剛性の和により複素剛性が表現されますが、オイルダンパーは、虚部のばねが$\scriptsize C_d\omega$で表され、【図1.2】中に示す減衰定数を求める式からわかるように、加振する円振動数$\scriptsize \omega$に比例して減衰定数が大きくなるので、速度依存型モデルと呼ぶことにします。一方、複素減衰特性を持つダンパーでは、虚部のばねは一定値$\scriptsize k'$で表すことができ、減衰定数は$\scriptsize \omega$に依存しなくなるので、速度非依存型モデルと呼ぶことにします。

【図1.1】速度依存型と速度非依存型のモデル

【図1.2】複素剛性の特性

ダンパー力とダンパー変位の関係は【図1.3】のようになり、速度依存型ダンパーでは、変位が同じでも、$\scriptsize \omega$が大きくなると比例してダンパー力が大きくなります。これに対して、速度非依存型ダンパーでは、変位が同じなら、$\scriptsize \omega$が大きくなってもダンパー力は変化しません。そのため、速度依存型ダンパーでは、地震動の短周期成分に対して大きな力を発揮することになり、建物に過大な加速度が生じます。

【図1.3】ダンパー力とダンパー変位の関係

この速度非依存型ダンパーの有用性を確認するために、10層のRC基礎免震建物を設定し、免震層に速度依存型モデルとして減衰係数$\scriptsize C$=一定のオイルダンパー、あるいは虚部の剛性$\scriptsize k'$を一定とした速度非依存型ダンパーを設置して、地震応答解析を行います。免震層の変位を決定づける1次モードの減衰定数は、両者とも20%とし、入力地震波は阪神淡路大震災(1995)の観測波JMA神戸とします

免震層の応答に注目するために、まず、【図1.4】のような1質点系に置換して検討を行い、得られた応答結果の時刻歴を【図1.5】に示します。この結果を見ると、応答変位と応答速度はほぼ一致していますが、ダンパー力は大きく違っています。速度依存型では、最大ダンパー力は最大速度時に発生していますが、この時の変位はまだ小さくて、無駄に力を発揮していることになります。これに対して、速度非依存型では、最大変形近傍で最大ダンパー力が発揮されており、変位を抑制するために効果的に働いていることになります。その結果、地震からの入力エネルギーも半分程度に大きく低減されています。

【図1.4】検討する1質点系モデル

【図1.5】応答結果の時刻歴

続いて、上部建物における高次モードの影響を検討するために、【図1.6】に示すような多質点系での検討を行い、建物の、応答最大値分布を【図1.7】に示します。1次モードの減衰をそろえたので、免震層の変位はほぼ同一ですが、上部構造の値は、速度依存型ダンパーに比べて、速度非依存型ダンパーの値は大きく低減されており、その有効性がわかります。また、応答加速度を見ると、速度依存型ダンパーでは、2次モードの影響が顕著にみられて、速度依存性のために減衰定数が過剰に大きくなってしまった悪さが出ており、変位制御設計が大切であるといえます。

【図1.6】多質点系での検討モデル

【図1.7】建物の最大応答値分布

参考文献

1)
井上範夫、五十子幸樹、建築物の変位制御設計-地震に対する免震・長周期建物の設計法、丸善
2)
井上範夫、地震に対する「建築物の変位制御設計」に有効な制御システム、日本建築学会大会学術講演梗概集、pp.343-344、2010.9
3)
佐上瑤子、堀 則男、五十子幸樹、井上範夫、複素剛性ダンパーモデルによる免震建物の変位制御設計に関する研究、構造工学論文集、Vol.56B、pp.163-170、2010.3
4)
五十子幸樹、井上範夫、複素剛性モデルを用いた免震構造物の地震時応答変位制御、日本建築学会構造系論文集、Vol.75、No.655、pp.1653-1660、2010.9
5)
佐上瑤子、五十子幸樹、池永昌容、井上範夫、変位依存型ダンパーを用いた免震建物の応答性状に関する研究、第13回日本地震工学シンポジウム、pp.534-541、2010
6)
佐上瑤子、堀 則男、五十子幸樹、井上範夫、免震用ダンパーにおける周波数依存性の有無がダンパー力に与える影響に関する検討、日本建築学会構造系論文集、Vol.77、No.674、pp.529-536、2012.4