ホーム   研究雑記 長周期地震動と建築物の耐震性 / 北村 春幸    第4回 免震建物の耐震安全性能
研究雑記 長周期地震動と建築物の耐震性 第1回 「長周期地震動と建築物の耐震性」研究の契機
第2回 長周期地震動と標準波・告示波との対応
第3回 長周期地震動と超高層建物の応答性状と対応策
第4回 免震建物の耐震安全性能
第5回 長周期地震動に対する建築物の耐震性能評価
第6回 おわりに
北村 春幸

(きたむら はるゆき
    / Kitamura Haruyuki)
東京理科大学 理工学部 建築学科 教授


<略歴>

1976 神戸大学大学院工学研究科建築学専攻修士課程終了
1976  (株)日建設計に入社
1994  博士(工学) 東京大学
2001  (株)日建設計を退職
2001  東京理科大学 理工学部 建築学科 教授
  現在に至る

4.免震建物の耐震安全性能

(1) 免震構造の原理

免震構造における応答低減の原理は、加速度応答スペクトルを用いて説明すると、一つは短周期SA(T1)/Gの建物を積層ゴム用いて長周期化SA(Tf)/Gすることによる加速度応答の低減である。 もう一つは、ダンパーを用いて免震層の減衰を高めることによる応答低減である。(図1)

エネルギーの収支の観点から説明すると、地震動による建物への入力エネルギーEを、水平方向に柔らかく大きな変形能力を持つ積層ゴムが弾性歪エネルギーWeとして蓄える。 積層ゴムが大変形でゆっくりとした振動を繰り返している間に、免震層の変位を利用してダンパーが徐々にエネルギーWpを吸収し、免震層の変位(あるいは積層ゴムの弾性歪エネルギーWe)が過大にならないように抑制する。

図1 加速度応答スペクトルを用いた免震構造の原理
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(2) 既存免震建物の設計時期の分類

1982年に多田英之・山口昭一により設計された八千代台免震住宅に始まる免震建物を下記に示す4期に分けて、分析・評価する。

第1期   1982年~1988年  (草創期) 
第2期 1989年~1994年 (学会:免震構造設計指針・初版以後)
第3期 1995年~1999年 (阪神・淡路大震災後)
第4期 2000年~ (建築基準法改正後)

(3) ビルディングレターに基づく既存免震建物の調査

NRBおよびLRBを用いた免震建物を対象に、第2、3期にどのような設計がなされてきたかを検証するために、ビルディングレターの性能評定シートに記載されている免震層の諸元のデータベースを作成し、設計時期毎のデータを集計した。

図3に積層ゴムの代表径、図4に1次固有周期の分布を示す。

積層ゴムの直径は、当初500φ~700φ程度のものが多く使われていたが、第3期に入ると700φ~900φへと大きなサイズのものが使われるようになってきた。

同様に、周期も2秒から3秒であったものが、3秒から4秒へと長周期化が促進された。

図3 積層ゴムの代表径
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図4 1次固有周期(レベル2変形時)
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(4) モデル免震建物

ここでは、NRB免震構造に限定して検討した結果を示す。

解析モデルは、日本建築学会・免震構造設計指針で用いた5質点せん断振動系とする。

質量分布は各質点ともに等しく、剛性分布は非免震時において最上層と最下層の割合が1/2となる台形分布に設定する。

この5質点せん断振動系の第1層を免震層として免震モデルを作成する。

減衰は上部構造のみの一次固有円振動数に対してh=2%の内部粘性減衰とし、免震層の減衰は0%に設定する。

また、上部構造は弾性と仮定し、免震層は各免震部材ごとに復元力特性を設定する。

NRBは水平剛性kfをもって弾性挙動し、ダンパーは完全弾塑性型復元力特性をもつものとする。

解析パラメータを表1に示す。

図5 NRBを用いた免震構造の解析モデル
表1 解析パラメータ

(5) 免震周期と最大応答変位

免震周期(Tf = 2.0~5.0s)ごとの時刻歴応答解析結果における最大免震層変位とビルディングレターによる既存免震建物の免震クリアランスとの関係を図6に示す。

ダンパーの降伏せん断力係数がαs<0.03と小さい場合は、名古屋三の丸波、ART TOMA、OSA NS、WOS EWの長周期地震動の予測波では大きな免震層変位を示す。

Tf = 3.0, 4.0sの免震建物では、ダンパー量の少ない(αs≦0.03~0.04)場合、免震クリアランスを名古屋三の丸波の応答変位が上回る場合がある。

それ以外の長周期地震動や免震建物では応答変位は免震クリアランスが50cm以上あれば設計範囲内に留まっている。

図6 免震周期ごとの免震クリアランスと免震層変位
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(6) まとめ

兵庫県南部地震のような直下地震のパルス波や長周期地震動の継続時間を考えると、免震クリアランスを50cm以上は確保する。できれば60,70cm程度が望ましい。
想定を上回る過大入力に対する免震構造の終局状態は、支承の浮き上がりと過大面圧、過大変位による擁壁への衝突、積層ゴム支承の破断・座屈が想定される。これらは、ダンパー量の少ないもの、水平クリアランスの小さいもの、上部構造のアスペクト比の大きいもの、積層ゴムの面圧や変形に対する余裕の少ない設計をしたものを対象として、個々の建物ごとに評価すべきである。
免震構造は耐震構造に比べて、明快な構造形式である。計算通りに挙動し、設定通りに限界状態に至る。従って、免震構造を構成する積層ゴム、ダンパー、免震クリアランス、上部構造、下部構造などが、どの順番に終局限界に達するかを明確にする必要がある。設計地震動を上回る地震動に備えて、免震クリアランスが最初に限界状態に達することが望ましい。そのためには、限界変形が免震クリアランスを上回る積層ゴムとダンパーを採用し、積層ゴムとダンパーが免震クリアランスまで変形したときの層せん断力に対して、上部構造や下部構造が終局耐力に達しないことを確認する。
免震クリアランスが最初に限界状態に達する設計をした場合、想定を上回る地震動に対しては、建物が擁壁などに衝突することが想定される。衝突に対して、実験や解析が行われている例もあるが、いまだ明確になっていない課題の一つである。衝突した階に大きな加速度が発生するが上階ではそれほど大きくはならないとの解析例もある。また、擁壁の裏側の地盤がダンパーの役割を果たすとの模型実験例もある。上述のように建物が免震クリアランスまで変形したときに,終局耐力に対して余裕度を持った上部構造の設計をし、かつ十分な免震クリアランスをとることで衝撃力を弱めることが、現時点での対応と考える。
長周期地震動には、地域ごとに決まった「特定の周期帯」でスペクトルが大きなピークを持つと言う特徴がある。免震構造のように振動振幅に応じて周期が大きく変動する振動系は、このようにピークを持つ地震動に対しては、共振を避けられることから有効である。従って、免震層の振幅に応じて建物周期が大きく変動する履歴減衰型ダンパーを使いたい。その上で、履歴減衰型ダンパーは、地震動レベルに応じて最適ダンパー量が存在することから、より広いレベルに対して有効なように、粘性減衰型ダンパーを組み合わせることを推奨する。

エネルギーの釣合に基づく応答予測式を利用して、粘性減衰型ダンパーと履歴減衰型ダンパーを組合せた免震構造の応答性状を説明する。図7(a)に履歴減衰型ダンパーの降伏せん断力係数(αs0)を0.0~0.4まで変化させた場合の、粘性減衰型ダンパーが負担するせん断力係数(αh0)と減衰定数hの関係を示す。図7(b)に粘性減衰型ダンパーが負担するせん断力係数(αh0)を0.0~0.3まで変化させた場合の、履歴減衰型ダンパーの降伏せん断力係数(αs0)と減衰定数hの関係を示す。ここで、α0=2πVE/Tf •gであり、無減衰時の免震層の最大層せん断力係数を示す。VEは入力エネルギーの速度換算値であり、Tfは免震周期である。図中、太実線は免震層の最大層せん断力係数(α10)を、破線は積層ゴムが負担するせん断力係数(αf0)または免震層変位(δmax0)を,一点鎖線は(a)では粘性減衰型ダンパーが負担するせん断力係数(αh0)を,(b)では履歴減衰型ダンパーの降伏せん断力係数(αs0)を,細実線は減衰定数hを示す。
図7より、上のグラフの免震層の最大せん断力係数と各ダンパー量に対応する減衰定数が下のグラフから求まる。図7に示されるように、免震構造の免震層の最大層せん断力係数(α10)は、概ね0.4以上である。このことはダンパーの調整により免震層のせん断力は半分程度しかならないことを示している。 積層ゴムと粘性減衰型ダンパーで構成される免震構造に履歴減衰型ダンパーを加えていくと、応答予測式は図7(a)のように変化する。図7(a)の(αs0)=0は、粘性減衰型ダンパーのみの場合の応答予測式を示す。図7(a)より、応答予測式は0≤αs0≤0.3の範囲で概ね極小値を持つ。しかし、0.4≤αs0)では粘性減衰型ダンパーの負担するせん断力係数(αh0)を増大させると免震層の最大層せん断力係数(α10)も単調に増加する傾向にあるので、この範囲では、粘性減衰型ダンパーと履歴減衰型ダンパーの併用は効果が低い。また0≤αs0≤0.3の範囲で履歴減衰型ダンパーを加えていくと、免震層の最大応答せん断力係数は大きくなるが、最大変位を抑制できるという利点もある。
一方、積層ゴムと履歴減衰型ダンパーで構成される免震構造に粘性減衰型ダンパーを加えていくと、応答予測式は図7(b)のように変化する。図中の(αh0=0は、履歴減衰型ダンパーのみの免震構造の応答予測式を示す。図7(b)より応答予測式は、0≤αh0≤0.2の範囲で概ね極小値を持つ。しかし、0.3≤αh0)では履歴減衰型ダンパーの降伏せん断力係数(αs0)を増大させると免震層の最大層せん断力係数(α10)も単調に増加する傾向にあるので、この範囲では、履歴減衰型ダンパーと粘性減衰型ダンパーの併用の効果は少ない。0≤αh0≤0.2 の範囲で粘性減衰型ダンパーを加えていくと免震層の最大応答せん断力係数は小さくなるので、併用の効果が現れる。(文献4を参照)

図7 応答予測式と減衰定数の関係
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免震構造ではダンパーをエネルギー吸収による温度上昇等の影響を考慮して、終局状態に至るまでを適切にモデル化する必要がある。
エネルギーの釣合に着目することにより、すべての構造形式に対して統一的に耐震性評価式を導くことができる。特に、免震構造における免震層の変形とダンパーのエネルギー吸収量の評価に適している。

参考文献

1)
日本建築学会:免震構造設計指針(第2版),技報堂,1993年12月
2)
北村春幸:性能設計のための建築振動解析入門(第2版),彰国社,2009年4月
3)
北村春幸,東野さやか,竹中康雄,田村和夫:長周期地震動による既存免震建物の耐震性能評価,日本建築学会技術報告集 第22号,pp.127-132,2005年12月
4)
東野さやか,北村春幸:粘性ダンパーを付与した免震構造のエネルギーの釣合に基づく応答評価法,日本建築学会構造系論文集,第588号,pp.79−86,2005年2月