ホーム   強震動予測の最先端/壇 一男   6. 相模トラフと南海トラフの巨大地震による予測強震動
  • 1. 強震動予測に用いられる震源モデル
  • 2. 地震本部の強震動予測のための「レシピ」とその課題
  • 3. 熊本地震などによる地震本部の「レシピ」の検証
  • 4. 内陸地震による強震動と永久変位の予測のための断層モデル設定法
  • 5. 海溝付近の巨大地震による強震動と津波の予測のための断層モデル設定法
  • 6. 相模トラフと南海トラフの巨大地震による予測強震動
壇 一男

(だん かずお
/ Kazuo Dan)
熊本大学 教授

1960年
福岡県山門郡瀬高町(現在、福岡県みやま市瀬高町)にて出生
1982年
東京大学 工学部 建築学科 卒業
1984年
東京大学 大学院 工学系研究科 建築学専攻 修士課程 終了
1984年
清水建設 株式会社 入社
1989年
中国国家地震局工程力学研究所にて共同研究 (3月~7月)
1991年
東京大学より学位授与
2020年
清水建設 株式会社 定年退職
2020年
熊本大学赴任 現在に至る

■所属学協会

日本建築学会

日本地震工学会


■受賞歴

2000年
日本建築学会 奨励賞
2007年
日本建築学会 学会賞(論文)

熊本大学建築構造・防災研究室

http://hagane.arch.kumamoto-u.ac.jp/#3

6. 相模トラフと南海トラフの巨大地震による予測強震動

前回は、海底において地表地震断層をともなった2011年東北地方太平洋沖地震に対して、強震動と津波を統一的にあつかえる断層モデルを示し、このモデルを用いて観測波形をほぼ再現した事例を紹介しました。

今回は、相模トラフと南海トラフの巨大地震の断層モデルと、これらのモデルを用いて計算された強震動を紹介します。具体的には、相模トラフの巨大地震とは、1923年大正関東地震($\small M_W7.9$)と1703年元禄関東地震($\small M_W8.2$)で、南海トラフの巨大地震とは、最大規模の地震($\small M_W9.1$)です。

また、近年、注目されている大振幅地震動(耐震設計で想定している地震動を超える地震動)について、簡単に述べます。

6.1 現行の地震本部の「レシピ」による大正関東地震の断層モデルと強震動予測結果

1923年に起こった大正関東地震($\small M_W7.9$)は、前回示したプレート境界地震の「断層モデルのイメージ」では、「マグニチュード8クラスのプレート境界地震」に分類できます。小穴・他(2019)2)は、大正関東地震の再来を想定して、現行の地震本部の「レシピ」にしたがって断層モデルを作成しました。【図1】の(a)に、作成された断層モデルの例を示します。相模トラフでは、南からフィリピン海プレートが、陸側の北米プレートの下に沈み込んでいます。小穴・他(2019)2)は、図中、灰色の小さい丸の集合で示されている2個のアスペリティの面積を入れ替えたり、破壊開始の位置を黄色い星印で示される2通りを設定したりして、4ケースの断層破壊のシナリオを考えました。

(a)現行の地震本部の「レシピ」による大正関東地震($\small M_W7.9$)の断層モデルの例

(b)現行の地震本部の「レシピ」による大正関東地震($\small M_W7.9$)の新宿(TKY007)における予測強震

(c)現行の地震本部の「レシピ」による大正関東地震($\small M_W7.9$)の横浜(KNG002)における予測強震動の例

【図1】現行の地震本部の「レシピ」による大正関東地震($\small M_W7.9$)の断層モデルと
新宿および横浜における予測強震動(小穴・他, 2019)2)

【図1】の(b)は、(a)の断層モデルを用いて計算された新宿における計算加速度波形と擬似速度応答スペクトルの例です。参考のために告示スペクトルも示しています。断層モデルによる計算結果と告示スペクトルは、比較的対応していますが、これは、わが国の耐震設計が大正関東地震の東京における地震動強さを基準に発展してきたこと(例えば、武村, 2008)3)と整合しています。

【図1】の(c)は、横浜における計算加速度波形と擬似速度応答スペクトルの例です。横浜は、新宿に比べて断層面(厳密には、中央のアスペリティ)に近いため、3倍程度、大きな地震動となっています。

6.2 「拡張レシピ」による元禄関東地震の断層モデルと強震動予測結果

1703年に起こった元禄関東地震($\small M_W8.2$)は、地震の規模的には、前回示したプレート境界地震の「断層モデルのイメージ」では、「マグニチュード8クラスのプレート境界地震」に相当しますが、断層破壊が海底にまで達していると想定しているため、小穴・他(2019)2)は、「拡張レシピ」にしたがって断層モデルを作成しました。【図2】の(a)に、作成された断層モデルの例を示します。断層面の浅い側の薄い灰色の丸の集合が大すべり域で、大きな津波の波源となります。また、大正関東地震と同じく、中央と西側のアスペリティの面積を入れ替えたり、破壊開始の位置を変化させたりして、4ケースの断層破壊のシナリオが考えられました。

(a)「拡大レシピ」による元禄関東地震($\small M_W8.2$)の断層モデルの例

(b)「拡大レシピ」による元禄関東地震($\small M_W8.2$)の新宿(TKY007)における予測強震動の例

(c)「拡大レシピ」による元禄関東地震($\small M_W8.2$)の横浜(KNG002)における予測強震動の例

【図2】「拡大レシピ」による元禄関東地震の断層モデルと新宿および横浜における予測強震動(小穴・他, 2019)2)

【図2】の(b)と(c)は、それぞれ新宿と横浜における計算加速度波形と擬似速度応答スペクトルの例です。元禄関東地震のマグニチュードは8.2で、大正関東地震のマグニチュードは7.9ですが、加速波形や応答スペクトルは同程度の大きさになっています。専門的になりますが、これは、元禄関東地震は大正関東地震に比べて、断層面が東に広がり、その分、マグニチュードも大きくなっていますが、新宿や横浜に近いアスペリティの短周期レベルが、ほぼ等しいからです。ここに、短周期レベルとは、震源から放出された短周期地震動の総量を表す物理量で、アスペリティの短周期レベルは、アスペリティの面積の平方根とアスペリティの応力降下量の積に比例します。

これらの計算は、強震動のみの計算であるため、今後、津波の計算も必要であり、沿岸部では、強震動だけではなく津波への対応も必要になってくると思います。

6.3 「拡張レシピ」による南海トラフの巨大地震による強震動予測結果

具・他(2019)4)は、南海トラフの巨大地震($\small M_W9.1$)の断層モデルを「拡張レシピ」にしたがって作成しました。【図3】の(a)に、作成された断層モデルを示します。図中、濃い青や濃い緑などの丸の集合がアスペリティ(応力降下量19.9MPa)で、断層面の浅い側の薄い黄色の四角の集合が大すべり域(すべり量14m)、濃い黄色の四角の集合が超大すべり域(すべり量29m)です。

(a)「拡大レシピ」による南海トラフの巨大地震($\small M_W9.1$)の断層モデル

(b)「拡大レシピ」による南海トラフの巨大地震($\small M_W9.1$)の浜松(SZO024)における予測強震動

(c)「拡大レシピ」による南海トラフの巨大地震($\small M_W9.1$)の此花(大阪府)における予測強震動

【図3】「拡大レシピ」による南海トラフの巨大地震($\small M_W9.1$)の断層モデルと
浜松(静岡県)および此花(大阪府)における予測強震動(具・他, 2019)4)

【図3】の(b)と(c)は、それぞれ浜松(SZO024)と此花(大阪府)における計算加速度波形と擬似速度応答スペクトル(具・他, 2019)4)です。いずれの地点でも、周期3秒前後で、応答スペクトルが告示スペクトルの5倍程度と非常に大きくなっています。

また、相模トラフの巨大地震と同様、強震動のみの計算であるため、今後、津波の計算も必要です。

6.4 大振幅地震動について

河野(2020)5)は、耐震設計で想定している地震動もしくは地震力を超える地震動を大振幅地震動と定義して、さらに大振幅地震動をこれまでに経験した地震動(観測記録)と経験していない地震動(予測強震動)に分けて整理しました。結果を【図4】に示します。

【図4】大振幅地震動の整理(河野, 2020に加筆)5)

この図では、耐震設計で想定している地震動として告示スペクトルの極めて稀に発生する地震動のものを基準にしています。図中の①です。告示スペクトルは、世界的に見ると、これ自体が大振幅と呼べるレベルといっていいかもしれません。この告示スペクトルに対して②で示した薄い緑の部分が、これまでに観測された地震記録の応答スペクトルの包絡です。必ずしも網羅的には調べられてはいませんが、1995年兵庫県南部地震や2016年熊本地震など、著名な地震の観測記録をもとにしています。また、③で示した薄い青の部分は、予測強震動の応答スペクトルの包絡で、主に南海トラフの巨大地震によるものをもとにしています。観測記録では、周期1秒前後で、予測強震動では周期3秒前後で、告示スペクトルの5倍程度となっています。

これらの大振幅地震動に関しては、近年、日本建築学会では2019年の大会パネルディスカッション6)や2021年のシンポジウム7)などで、地震動予測と建物応答の観点からの研究成果が公表されつつあります。また、2020年に刊行された「大振幅地震動に対する免震構造の設計」8)では、擁壁機能の喪失、免震機能の喪失、建物機能の喪失の3つの観点から、詳細な検討が加えられており、先駆的な研究成果として注目されています。

おわりに

本シリーズでは、第1回から第6回まで、強震動予測の最先端について説明をしてきました。そこでは、地震本部による現行の「レシピ」が立脚している力学モデル、すなわち周囲のすべりが拘束されている円形クラックモデルから、地表面のすべりが拘束されていない力学モデルへ移行することにより、強震動とともに永久変位や津波も予測できるモデルを構築できることを紹介しました。また、断層モデルの具体的な設定手順は、「拡張レシピ」としてまとまりつつあります。

今後、この「拡張レシピ」が完成されることによって、力学モデルに立脚した断層モデルで強震動と永久変位と津波が予測され、その成果が「世界中から地震で悲しむ人をひとりでも減らすこと」につながっていけば、と思います。

今回で、一年間にわたった連載を終わります。読者のみなさま、どうも、ありがとうございました。

謝辞:【図1】と【図2】は参考文献 2)からの引用、【図3】は参考文献 5)からの引用、【図4】は参考文献 6)からの引用です。図の使用許可をいただきました小穴温子博士と具典淑博士および河野晟弥氏に、記してお礼を申し上げます。

参考文献

1)
地震調査研究推進本部(2017):震源断層を特定した地震の強震動予測手法(「レシピ」), https://www.jishin.go.jp/main/chousa/20_yosokuchizu/recipe.pdf
2)
小穴・他(2019):相模トラフ沿いの巨大地震による首都圏の地震動評価, 2019年度日本建築学会大会(北陸)構造部門(振動)パネルディスカッション, pp. 25-34.
3)
武村(2008):地震と防災, pp. 153-210, 中公新書.
4)
具・他(2019):南海トラフ沿いの巨大地震による東海・近畿地方の地震動評価, 2019年度日本建築学会大会(北陸)構造部門(振動)パネルディスカッション, pp. 3-12.
5)
河野(2020):大振幅地震動の観点から見た鉄筋コンクリート造建物の耐震性確保の歴史的経緯に関する研究, 熊本大学卒業論文.
6)
日本建築学会(2019):プレート境界地震による大振幅地震動の予測と耐震設計, 2019年度日本建築学会大会(北陸)構造部門(振動)パネルディスカッション.
7)
日本建築学会(2021):大振幅地震動に対する耐震性能評価-実験データに基づく建築物の損傷予測, 大地震時耐震性能評価小委員会シンポジウム.
8)
日本建築学会(2020):大振幅地震動に対する免震構造の設計.