ホーム   環境の視点から森・木・木造を考える/鷹野 敦    第5回 木造の環境的ポテンシャル
  • 第1回 世界的な木造建築の潮流
  • 第2回 木造に対する環境的な期待
  • 第3回 木造の環境性能:材料製造段階
  • 第4回 木造の環境性能:建設段階
  • 第5回 木造の環境的ポテンシャル
  • 第6回 ケーススタディ
鷹野 敦

(たかの あつし
/ Atsushi Takano)

鹿児島大学大学院理工学研究科准教授
NPO法人 こどものけんちくがっこう理事長
株式会社IFOO 取締役


1979年 兵庫県生まれ。
理学博士: Aalto University (Finland), School of Chemical Engineering
理学修士: Aalto University, School of Chemical Engineering
修士(工学): 鹿児島大学大学院理工学研究科建築学専攻
一級建築士


サスティナブルな建築のあり方について研究し、得られた知見を建築デザインとして実装する半研究者半建築家。産学協同でこども達への建築教育も行っている。受賞歴に2021年文部科学大臣表彰(科学技術分野)、2020年度かぎん文化財団賞(学術)、2020年日本建築学会教育賞(教育貢献)、キッズデザイン賞2020「キッズデザイン協議会会長賞/奨励賞」、第14回木の建築賞(活動賞)、ウッドデザイン賞2019優秀賞(林野庁長官賞)など

第5回 木造の環境的ポテンシャル

ここまで、持続可能な建造環境の実現へ向けて注目を集める木造建築について、木材が先天的に持つ環境的な長所や、建物の材料製造と建設段階における木造の特徴について紹介してきた。今回は、建物のライフサイクルを通して考えることで見えてくる木造の環境的なポテンシャルについて述べてみたい。

ライフサイクルエネルギーバランスの比較

第3回と同様に、モデル建物を異なる工法:枠組木造(枠組造)、CLTパネル造(CLT造)、鉄筋コンクリート造(RC造)、鉄骨造(S造)で建設すると仮定する【図1】。モデル建物はフィンランドに建つ長屋と想定し、各工法の仕様は北欧の標準的なものとする。今回は、モデル建物のライフサイクルを通した1次エネルギー消費量と貯蔵量(建物解体後、建材を燃料として燃やして得られる1次エネルギー量)のバランスで各工法を比べてみたい。なお、1次エネルギーの定量化には、欧州で一般的に利用されるLCI(ライフサイクルインベントリ)データベース「ecoinvent1)」を用いた。

【図1】モデル建物を用いた工法の比較

【図2】は、4つの工法で建設されたモデル建物のエネルギー貯蔵量と、建物が生涯で消費するエネルギー量(再生可能と非再生可能エネルギーの合計)をライフサイクル段階:材料製造・建設・メンテナンス・運用・解体廃棄、に分けて示している。建物の運用期間は50年間とし、図を見やすくするため運用に要するエネルギーは暖房用のみとしている。

【図2】工法による建物のライフサイクルエネルギーバランスの違い:現在の一般的な仕様(【参考文献1】をもとに作成)

エネルギー消費量をみると、工法を問わず運用段階が最も多く(70-80%程度)、次に材料製造段階が10-20%程度を占め、建設・メンテナンス・解体廃棄段階が残りの5-10%程度であることがわかる。その中で詳しく見てみると、まず、運用(暖房)エネルギー消費量については工法による差がほとんどないことがわかる。これは、全ての工法で建物外皮の熱貫流率を同等に設定しているため、躯体の熱容量の違いだけがエネルギー消費量の数字に現れるからである。よって、ライフサイクル全体でのエネルギー消費量は、他のライフサイクル段階での差ということになる。材料製造段階のエネルギー消費量が最も多いCLT造が、全体の消費量も最高となっている。逆に、材料製造段階のエネルギー消費量が最も少ない枠組造が、全体の消費量も最低となっている。また、RC造とS造の材料製造段階に大きな差は無いが、RC造は建設段階と解体廃棄段階でのエネルギー消費量が多いため、ライフサイクルで見るとS造に比べて若干分が悪い。エネルギー貯蔵量で見ると、当然、躯体に木質材料を用いる枠組造とCLT造は有利であり、特に木の塊のパネルで構成されるCLT造は大きなメリットを持つことがわかる。ちなみに、RC造とS造のエネルギー貯蔵量の差は、それぞれの工法で標準的に用いられる仕上げ材の違いに起因しており、同等と見て差し支えは無い。

ここで、第2回で紹介した省エネに関する世界的な動向を思い出してみる。環境建築に関する研究や政策実施、産業構造の改変において世界を牽引するヨーロッパでは、2021年以降、建物外皮の高い断熱・気密性能と高効率の設備機械による運用エネルギーの消費量削減と、太陽光発電パネルなどのアクティブ技術の組み合わせによるnZEB(nearly Zero Energy Building)でなければ新築できないという規制が広がっている。この状況を踏まえ、モデル建物をnZEB仕様とし、運用エネルギーを実質0にすると仮定すると、ライフサイクルエネルギーバランスは【図3】のようになる。運用段階での消費が無くなり、全体のエネルギー消費量は大幅に削減される。反面、モデル建物はより多くの断熱材や気密材、下地材などを必要とするため、運用段階以外での消費量は少しずつ増加する。結果として、運用段階を含んだ比較【図2】に比べ、工法間の差が顕著になる。これが、エネルギーの視点で見た近い将来の新築建物の姿である。

【図3】工法による建物のライフサイクルエネルギーバランスの違い:nZEB仕様

ライフサイクルを通したエネルギー収支(【図3】の黒丸。消費量から貯蔵量を引いた値)をみると、工法間の大小関係および数値の差がさらに分かりやすくなる。木造の場合、エネルギー貯蔵量によって収支は0に近づき、RC造やS造に対する優位が明確となる。エネルギー消費量が最大のCLT造も、大きな貯蔵量のおかげで収支は枠組造とほぼ同等になる。現在、木造の環境的なメリットとして主に炭素貯蔵能が注目されているが、エネルギーの観点から見ても大きな強みを持っていると言える。

エネルギーネガティブの可能性

ここで、木造が持つこの強みを最大化する方法を考えてみると、シンプルに、エネルギー消費量を減らすと同時に、エネルギー貯蔵量を増やせば良いということになる【図4】。

【図4】木造の強みを最大化した場合のエネルギーバランス

例えば、建物の構成部材を減らす、資源の採取や加工が簡単で製造エネルギーが少ない材料を用いる、部材の組み立てや解体がしやすい接合部にする、解体後の分別が容易な部材構成とする、などの工夫によって材料製造や建設、解体作業に要するエネルギー消費量を減らす事を考える。同時に、再資源化が可能な材料(この場合はサーマルリサイクル)の使用量を増やすことで、エネルギー貯蔵量を増やす事を考える。このふたつの手立てを同時に実現することができれば、図に示す通り、エネルギー収支はマイナスとなり(エネルギーネガティブ)、極端に言えば、建てれば建てるほど環境的なメリットが生まれる新しい建物の在り方にたどり着く可能性が見えてくる。無論、この試算は簡易化した建物モデルでの理想的なものであり、実際にエネルギーネガティブの建物を実現するには様々な課題が残る。しかし、このようなシナリオを描ける事自体が、木造が持つ最大の環境的なポテンシャルだと、個人的には見ている。

木材は柔らかくて加工がしやすく、軽くて比強度が高く、熱伝導率も低く、再生可能で、再資源化も可能な材料である。木材の持つこの多機能性が、上記の手立てを実現する上で大きな役割を果たす。次回はこの点について、実例を通して詳しく述べる。

参考文献1:Takano A. et al.: The effect of material selection on life cycle energy balance: A case study on a hypothetical building model in Finland, Building and Environment, 89, pp.192-202, 2015